その後、少ししてアイヴィーさんが船長室に訪れました。
後ろに幹部の方々を引き連れておりまして、ベッドから起き上がったヴェルノさんが机のところに戻りますと全員が机の周りに集まるのです。
私も行きたかったのですがヴェルノさんに意地悪をされてしまいシーツに絡まって上手く出られないのですよ。
何とか抜け出そうともがいておりましたらアイヴィーさんが「可愛い〜っ!」と抱き付いてきたのです。しかしヴェルノさんが低い声で名前を呼ぶので渋々といった体で離れてしまいました。
シーツから抜け出すのは手伝ってくださらないのですね。
諦めてシーツに包まれたままヴェルノさんの方を見やれば真剣な表情で手元の本に視線を落としていらっしゃいます。
…あ、それはカルヴァートのところから持ってきた本なのです。
全員が本を覗き込むように見て、ヴェルノさんが顔を上げました。
「此れが何か分かるか?」
トン、と本のページを指差します。私からは見えませんが皆さん興味津々なご様子でページを見ております。
「オレには壊れた城に見えるっス!」
「それじゃあ見たままだろう?…どこかの遺跡ですか?」
元気よく答えたセシル君をディヴィさんが軽く嗜めてからヴェルノさんを見ました。
満足の行く答えでしたのか黄金色の瞳が愉しそうに細められるのです。
遺跡、というものが一体どんなものなのかとても気になるのですが…。
羽ペンをサラサラと動かしながらヴェルノさんは、空いたもう片手で別の古ぼけた紙を手繰り寄せます。
「そうだ。アイツが一体何を探してたのかは知らねェが、その目的地が此処だ。」
本に地図を繋ぎ合わせたり、何やらよく分からないものを紙面に当てたりするヴェルノさんの手元を見たアイヴィーさんがとても驚いた表情をするのです。
それこそありえない物を見たような、そんな驚き方です。
「そんな、まさか……アレって御伽噺でしょ?」
「そうですよ船長。誰でも知っているけれど、あんな話を信じているんですか?」
「全部は俺も信じちゃいねェよ。だが元になった実話があったって不思議じゃねェだろ。」
全く分からない会話が進んでいくのです。御伽噺ってなんでしょう?
私だけ仲間外れなのはとても寂しいのですよ。
「ヴェルノさーん、出してくださいですー…」と頑張って救助要請を申してみましたところ、ヴェルノさんはチラリとユージンさんに視線を投げかけます。
するとユージンさんが来てシーツの中から助けてくださいました。
かなり絡まってしまっていたようで、シーツから取り出される時に若干面倒臭そうな顔をされてしまったのが少し申し訳ないのですね。
そのままヴェルノさんに手渡されて私はお膝の上に落ち着きます。それ自体は何時ものことなのですが、今日は机の上の皆さんが話していることに興味があるのでお膝の上でなく机の上が良かったのです。
でも見ようとすると邪魔になってしまうようでヴェルノさんに机から引き離されてしまいました。
「海軍が探すって事ぁ、多少なりもと何か価値のあるモンが在るんだろうよ。」
「でもそれが置き物とかだったらいらないわ。邪魔じゃない?」
「ウェルダンに売ってやりゃ十分金に成るとは思うがな。」
「それはそうかもしれないけど……危険そうねぇ。」
アイヴィーさんの心配するような、呆れたような声にヴェルノさんを見上げてみます。
危ないというのに危険な所に行かれるのですか?
しかしながらヴェルノさんはニヒルな笑みを浮べて私の頭を撫でてくださいます。
「ラクじゃつまらねェだろうが。」
「それもそうっスね!上手く行けばお宝が沢山あるかもしれないっス!」
「アタシは光り物より可愛い方が好きなんだけど、まぁたまには良いかしら。」
「船長の意思に任せます。」
「………。」
それでも皆さんはどうやら行く気満々なご様子でした。
トレジャーハンター。頭の中に浮かんだ単語に思わず気分が高揚してしまいます。
海賊が遺跡のお宝を手に入れるために罠を掻い潜ったり、動く石像を壊したり…!そんな冒険が始まるのですね。
その冒険の輪の中に私は混ぜていただけないのでしょうか?
そわそわしてしまっていたらしく、ヴェルノさんが低く笑いました。
「焦んな。目的地はかなり遠いんだ。…今からそれじゃあ着く前にヘバるぞ。」
「そうかもしれませんが、冒険というものはワクワクするものなのです!」
「冒険ねェ?俺達海賊からすりゃ、ただの破壊と強奪だ。」
「そういうことは言ってはいけないのですよ。行ったことのない島での冒険とは夢なのです!ロマンなのですよ!」
「ククッ、物は言い様だな。」
確かにそうかもしれませんが、必要以上に壊さないのであれば問題ないのです。
セシル君は‘冒険’という言葉に目を輝かせて「そうっスよ!」と同意してくださいました。
どこか宥めるようにポンポンと背中を叩くヴェルノさんは愉しげです。ヴェルノさんが愉しいと私も嬉しいので、自然と笑顔になってしまいますね。
…ヌイグルミなのできっと表情は分からないでしょうけれど。
「じゃあ航海士にはコレを渡しておけば良いかしら?」
「あぁ。線を辿るように走れと伝えておけ。書かれている街には全部寄る。」
古い紙の方をアイヴィーさんが持ちます。頷いたヴェルノさんが付け足すようにそう言いました。
それにウィンクをしながらアイヴィーさんが笑います。
「了解したわ。…さて、それじゃあアタシはまだ仕事が残ってるから戻るわね。」
そんな言葉を皮切りに他の皆さんもお仕事が残っているそうで、船長室を出て行ってしまわれました。
ようやく手を離していただけたので私は机に開かれた本を覗き込んでみました。が、文字が読めないので主に見るのは描かれた絵なのです。
色々な文字に線が引かれて別の文字と繋げられたり、何か重要なのか丸く囲ってあったりします。
触ろうとしたら「汚れるぞ」なんて注意と共に手を掴んで留められてしまいました。
別に汚れてしまってもお風呂に入れば綺麗になりますので、大丈夫なのです。
けれどそう言ってみてもヴェルノさんは駄目だと触らせてくださいません。
重要な本らしいのであまり触って汚したり破いたりしてしまっても困るので、ヴェルノさんの言葉に従うことにします。
代わりに文字が読めないので書かれている内容を教えてくださいとお願いしましたら、そちらはアッサリ了承していただけました。
「神の眠り姫の話は知ってるか?」
「眠り姫、ですか?眠りの森の美女とかでしょうか。」
「何だそりゃ。…知らねェならまずはそこからだな。」
そうしてヴェルノさんは何かを思い出すように視線を宙に漂わせながらも、古い古い昔から口承されているのだという御伽噺を語ってくださいました。