エリスの自宅に到着すると早速少女をこれから使う部屋に案内する。
本来であれは家族単位で住むマンションなので、一人暮らしのエリスには部屋数が余る状態だった。
一時は書庫にでもしてしまおうかとすら考えたが客間を用意しておいて本当に良かったと内心で胸を撫で下ろす。
「お邪魔します…。」と控えめに照れた様子で声をかけてから玄関に入るところが少女らしかった。
「わっ…綺麗なお部屋ですね。」
案内した客間は六畳程の広さでベッド、チェスト、ハンガーラック、机と椅子などの必要最低限の家具が置かれている。
全て黒檀なので部屋も全体的に黒と白で統一させてあった。
少女にはやや似合わない色合いだな、と思ったが当の本人はどこか嬉しそうにも見える。
「すまない、女性が使うには少々殺風景だが…」
「そんなことありません。すごく素敵なお部屋です…本当に使わせていただいても良いんですか?」
「あぁ、元々客間用の部屋だから好きに使ってくれ。」
少女は「ありがとうございます。」とふんわり笑ってチェストや机を触り出す。
どうやら家具が気になっていたようだ。
荷物を片付けたりするだろうから少女を客間に残し、エリスはキッチンへ向かう。
少女の荷物とは別に持ってきた買い物袋の中から冷蔵しなければならないものや、常温でも問題ないものを分けていく。
冷蔵庫を開けて中に残っていた少ない食品類は賞味期限を確認し、過ぎてしまっているものは容赦なくダストボックスへ突っ込んだ。
ほとんどが賞味期限切れとなっていたので買い物したのは正解である。
大量に買った商品達を冷蔵庫に詰めたり棚に収めたりしている間に荷物を片付けたのだろう少女がリビングに戻って来た。
買い物袋を開けているエリスを見て‘しまった!’という表情をして近寄って来る。
「すみません!お手伝いもせずに、自分のことばかりしてしまって…。」
「そんなに気にしなくて良い。」
肩を落としていた少女に出来るだけ優しく笑いかけてやれば、ホッとした様子で黒い瞳が瞬く。
「じゃあすぐに夕食の用意をしますね。お台所、お借りします。」
袖を巻くってニコニコする少女に頷きキッチンを任せる。
料理上手であることは部下と共に何度も夕食を作ってもらい知っているので、そう心配する必要もないだろう。
買った物を片付け終わったエリスは手持ち無沙汰になってしまい、何とはなしにテーブルを拭いたり部屋の窓を開けて回ったりした。
数日間家を空けていたので篭もった空気を換気し、他の部屋を軽く掃除しようと思い立ったままに物置と化していた廊下のウォークインクローゼットを開く。
自分一人であれば掃除なんて明日に回しても良かった。
しかし少女がいるのが気持ち的に落ち着かず、エリスは自身の小さな動揺を誤魔化すように部屋を掃除して回った。
少女用の客間はベッドシーツを取替え、机やチェストなどを拭き、床に掃除機をかけておく。
一通り掃除を終えた後に風呂を洗ってリビングに戻る。
まだ少女がキッチンにいることを確認しながら壁にある風呂用のパネルのボタンを押す。後は湯が張り終わるのを待つだけだ。
自室に引っ込み机の上に置きっ放しにされていた煙草の中を確認する。まだ数本入っていて、やや湿気てしまっているものの吸う分には問題なさそうだった。
リビングを抜けてベランダに出ると柵によりかかって箱から煙草を一本取り出して銜え、ジッポで火を灯す。
紫煙の苦味を堪能しつつ、沈み行く夕焼けを何となく眺めてみた。
バカンス中は南国だったのでかなり暑かったが、自国は秋も深まり肌寒くなる季節だ。暑さに慣れた体に秋の肌寒い風はやや堪える。
上着を取って来ようかとも思ったけれど煙草一本吸うだけだと思うと面倒臭かった。
掃除前に上着を脱いでしまったことを少し後悔しながらエリスは紫煙を吐き出した。
ふと灰皿を持って来忘れたな、なんて気付きリビングを覗き込む。…まだ少女はキッチンにいるのか人影はない。
煙草の灰が落ちてしまわないように気を付けながら、リビングのテーブル上にあった灰皿を掴んですぐにベランダへ戻った。
別段何か悪い事をしている訳ではないのだが、少女の前で煙草を吸うのには躊躇いを感じてしまう。何となく煙草を吹かしている姿はあまり見られたくなかった。
根元近くまで火が届いた吸殻を灰皿に押し付けて室内へ入ると、少女が丁度ダイニングテーブルに皿を並べているところだった。
持っていた灰皿を後ろ手にリビングのテーブルへ置き、少女に歩み寄る。
「何か手伝う事はあるか?」
「いえ、もう後は運ぶだけですから座っていてください。…?」
「どうした?」
返事をしてから小首を傾げる。それに皿を受け取りながらエリスも首を傾げた。
少女はすぐに「何でもありません。」と笑うとキッチンへ戻っていく。
何だったのかと小首を傾げたままエリスは席に座る。
キッチンから出てくる少女を見て、まぁ良いかと疑問を放棄した。
普段あまり口にすることのない料理ということもあってか、皿に載せられた綺麗な天ぷらの見た目と香りが食欲を誘う。
とても旨そうだ。Prev Novel top Next