研究所を出て少女のアパートへ車を走らせる。
助手席に座っている少女は結局フェミリアに押し切られてしまい、しょんぼりと肩を落としている。
あの煮ても焼いても喰えない奴に勝てる者自体そうそういない。
「――嫌なら取り止めるか?」
赤信号で止まった際にそう声をかけてみればパッと少女が此方を見る。
黒目がちの大きな瞳が驚いたように丸く見開かれ、それから慌てた様子でパタパタと両手を振った。
「あの、嫌という訳ではなくてっ。リーヴィスさんには御迷惑かけてばかりだなぁと思ってしまって…」
「別に迷惑とは思っていないさ。」
「そう、ですか…?」
「あぁ。」
本当に迷惑だと思っていたら、こうも色々と世話を焼く訳が無い。
信号が青に変わり車を発進させる。
少女は少し気が抜けたようで前を見る横顔は先ほどと違い柔らかくなっていた。
やがて少女のアパートに到着すると「すぐに準備をしてきます!」と言って早足で入って行った。別段用事もないので急がなくて良いと言ったが、恐らく自室の中で大慌てで泊まる支度をしていることだろう。
道の端に寄せた車に寄りかかりながら煙草を吸う。
元々気が向いたら吸う程度だったので久しぶりに吸った煙草の香りを楽しむ。
肺まで吸い込む事はせず、軽く吸って吐き出す。
肺活量が減ると任務に支障が出る……などと考えてしまう辺り、自分がどれだけ仕事一徹だったのかがよく分かる。
自然とそんな風な思考が組み上がってしまうくらいには軍人という職業が板に付いてしまった。
車内の灰皿へ吸殻を捨ててぼんやりと空を見上げる。
よく晴れた空は眩しい。…サングラスでも今度買おう。
そんなくだらない事を頭の片隅に書き込んでいると軽い足音が聞こえて来た。
視線を下ろせば部屋から出て来た少女が旅行で使っていたキャリーバッグを引きずりつつ、下りてくるところである。
リスが大きな胡桃を引きずっている光景が一瞬重なった。が、エリスはその光景を軽く首を振って払うと階段を上がって少女に歩み寄った。
「持って行く。」
「あ、すみません。ありがとうございます。」
掴んだキャリーバッグは思いのほか軽い。
きっと必要最低限の物だけ詰めたのだろう。
荷物を車のトランクに積み込み、少女を助手席に乗せてエリスも車に乗り込んだ。
自宅へ向かう途中でふと冷蔵庫の中に何があったかを思い出す。
突然拉致されてしまったので冷蔵庫の中身も勿論そのままのはずだ。だとすると、賞味期限が切れてしまったものも幾つかある。
野菜も傷んでいるかもしれないし、飲み物の補充もした方が良いか。
途中で買い物をする旨を少女に伝えれば「お世話になるのでお料理やお洗濯は私にさせてください!」という言葉と共に返事が返ってきた。
そんなことをする必要は無いと言ったものの、珍しく少女が食い下がらなかったので料理は任せることになった。洗濯は流石に迷う。
そうこうしている内にデパートに到着したエリスは少女を連れて食品売り場へ向かった。
カラカラと買い物カゴを入れたカートを押す少女は楽しげである。
そういう所が彼女自身を子供っぽく見せてしまう要因の一つなのだが、当の本人はきっと気付いていないのだろう。
「何か食べたい物はありますか?」
「そうだな…少し油物が食べたい。」
「油物――…天ぷらなんてどうでしょう?」
あぁ、それは良い。頷けばニッコリ笑うと色々な野菜をカゴに入れ、肉など他に必要な物も買う。
慣れた様子で買い物をする少女は一人暮らしをしているというだけあって、不必要な物には見向きもしない。
エリスが何とはなしにビールをカゴに入れた時も、キョトンとした顔をしていた。
買い物を終えた時にはカートが満杯になっていたものの、どうせ帰ってもロクな物が無いのだから丁度良い。
少女は「ちょっと多くないですか…?」と言ったが、いちいち無くなる度に買い物に出るのも面倒なので多くても構わなかった。
「こんなに買ったのは初めてです。」
「私もだ。」
「買い過ぎ…ですよね?」
「どうせ冷蔵庫の中身は空なんだ、足りないよりは良い。」
中身が何もない冷蔵庫を想像したのかクスクスと少女が笑う。
後部座席に買った物を乗せて自宅に帰る。
任務の時にはほとんど空けていた家だったにも関わらず、やはり‘家’に帰るというのは不思議と気が落ち着く。
少女が気を張っていないか心配したものの夕食作りに意識が傾いているらしく、何かを確かめるように助手席で指折り数えている。
何度か来ているのだし大丈夫だろう。
自宅マンションの地下駐車場に車を乗り入れながら、今後三日間は出来うる限り自宅にいようとエリスは頭の中にあった予定を全て先送りにすることにした。Prev Novel top Next