体育祭とツクヨミ
2度目のヒロアカ世界はちょうど出久達が雄英高校に入学した4月の末だった。

ということはつまり、敵連合のUSJ襲撃は終わっていて来週あたりには……。

『さあ、皆さんお待ちかね、年に一度の大イベントが近づいてきましたね!』

朝のワイドショーでは来週に迫る雄英高校体育祭の特集が組まれていた。オリンピックが縮小されたこの世界では、この体育祭が国民にとっての最大の娯楽になっているようだった。
全国にリアルタイムで配信されるということで、その日はできることならば仕事の休みを取ってでも見てみたい。

「雄英の体育祭っスね。警備応援の依頼が来てるんで、名前さんも一緒にどうですか?」

「えっ、私も?」

学校内への襲撃があったことから体育祭では警備のために全国のプロヒーローが集められたのだったと原作を思い出す。喉から手が出るほど嬉しい誘いだったが、啓悟が仕事で行くのに自分はただ観戦をするだけというのはさすがに後ろめたい。

いやでもせっかくならあのかっちゃんの選手宣誓もこの目で直接見てみたいかも……。

「俺も警備ついでにスカウトもしたいですし。座席を取っておいてくれたら嬉しいなあと」

これも仕事のうちですよ、ねっ?と人差し指を立てて言う彼にはきっと私が行きたくて仕方がないと思ってることはお見通しなのだろう。

当日は日帰りということで、朝イチの新幹線に乗り雄英高校のある静岡まで向かう。啓悟は飛んでいくもので新幹線には私1人が乗るものだと思っていたのに、当たり前のように彼は私の後をついてきていた。
たまには新幹線も良いスね、なんて言いながら一緒に駅弁を朝食代わりに食べてこれから警備の仕事だというのに車内ではまるで小旅行かのように寛いでいた。

「東京から来れば富士山が見えたのかあ」

愛知と静岡の間で降車しながら呟いた。てっきり富士山が見えると思っていたのに。静岡駅よりも先に位置していたことに地図を見て気が付き少しだけ肩を落とした。

「また次の機会に行きましょう、飛んでいけばすぐですよ」

「博多からここまで私を運んで飛ぶってこと?」

「もちろん。でも寒くない時期の方が良さそうですね」

確かに、と頷けば楽しみですね、とにこやかに返される。断らなければこれは本当にやりかねない。

でも、少し嬉しそうな啓悟を見てまあいいか、とも思った。きっと訓練と仕事ばかりで旅行なんてする時間も無かったのだろう。私で良かったらどこにだって付き合うよ。




雄英高校に着けばもうそこには長蛇の列が出来上がっていた。啓悟は警備に招へいされた者として別口から入るとのことでそこで別れ、気を取り直してその最後尾に並ぶ。
一般客に加えてメディア関係者が多いのか大きなカメラを持った人達が連なっていた。

ホークス事務所からもらった社員証兼身分証明書を見せ、手荷物検査と身体検査を受けて入場するとそこは体育祭という名前さながらの夏祭り状態だった。
屋台が所狭しと並び縦横無人に人々が行き交う。3つのステージに分かれ、私は1年生のステージを人波をかき分けながら目指した。
啓悟もエンデヴァーの息子の轟焦凍を自分の目で見たいらしい。ポケットに入った紅い羽をもう一度確認して座席へ向かった。一般客エリアは自由席になっていてやはり見えやすい前方の座席から埋まっていく。なんとか2階席の一番前の席に陣取り、ふうと肩の力が抜けた。

こんなに広い会場でもこの小さな羽一つを頼りに私を探し出せるなんて、本当にすごくて便利な羽だ。
……ううん、違う、羽が特別すごいというわけではない。啓悟の個性は稀有なのかもしれないけれど、これほどのことができるようになるまでに血の滲むような訓練を7歳の時から続けてきていたから。空気の振動を感じながら羽一枚一枚を思うように動かせるようになるまでに、一体どれほどの努力が必要だったのだろう。神経も体力も擦り切れてしまうに違いない。それでも、努力を惜しまなかった啓悟だから……剛翼という個性はそんな彼でしか使いこなすことはできなかっただろう。

キョロキョロと周りに視線を送ると見たことのあるようなヒーローが目に留まる。誰だったかななんて思い出そうとしているうちにプレゼント・マイクの一声で体育祭の火蓋が切られた。
A組から順々に入場してくる生徒達を目を凝らして見つめる。

本当に、本当に出久達がそこにはいた。
啓悟がいる時点でここがヒロアカの世界だということは信じていたつもりだったけれど、実際に主人公達を目の前にして胸が熱くなる。言葉にならない感動で目頭が少し熱い。

そして爆豪勝己の「俺が勝つ」も生で聞けた。生徒達からはブーイングの嵐だったが、一般客やプロヒーロー達には面白そうな奴がいるなと言っている人もいたりして好意的に受け止められていたのは意外だった。

障害物競走が始まれば皆が会場の大画面に釘付けになっていた。
緑谷出久がどのように1位になったのかは漫画を読んでいたから知ってはいたが。テレビ画面ではやはり先頭集団、特に焦凍と勝己が映されることが多い。個性を使わず、目立ったプレーをしていなかった出久がクローズアップされないのも無理はなかったが少し悔しい思いがした。
そんな中で会場内のゴール地点に一番に顔を出したのは彼だった。
騒然とした会場の雰囲気を背にちょっとだけ自慢気になったのは隠しておこう。






間髪入れずに第二種目が始まろうとしていた。目の前で騎馬戦のチームを組んでいる姿を見てハラハラとする。最終的にお茶子達と組めることはわかっていたけれど、出久が明らかに避けられているのを見てつい心配で前のめりになってしまっていた。

「あー、あれがデクくん?」

「ひっ」

音もなく隣に現れた啓悟に心臓が飛び出そうになった。

「その反応は傷つくなあ」

「急に話しかけるのは禁止で!」

襟で口を隠しながら笑う素振りを見て、わざと気配を消して驚かしてきたのだと察する。

「緑谷くん、でしたっけ?彼、障害物競走で1位だったみたいですね」

「うん、最後の追い上げはすごかったよ!騎馬戦は見ていけそう?」

「少しだけ休憩貰えたんで。また終わったら行かなきゃですけど、午後の最終戦は終盤までには見に来れると思います」

そういえば、と言って啓悟が私に双眼鏡を手渡した。

「名前さんに」

「さすが啓、ホ、ホークス気が効く……わっ!よく見える!あ、あそこ!心操に物間もいる!」

外では啓悟と呼ばないように気をつけないと。

「物間ってあの?どれっスか?」

「金髪の」

「金髪、何人かいますよね?」

「あっ、始まったよ!」

「ちょ、名前さんってば」

騎馬戦が始まった。やはり皆が出久の1000万ポイントを獲ろうとしている。
そんな中で物間が出久チームに気を取られた隙ばかりのチーム達のポイントを掠め取っていた。

「わあ、さすが物間。でもこのあと爆豪に喧嘩売っちゃうんだよねえ」

「あれが物間?あっちの騎馬の方じゃなくて?」

訝しげな表情で啓悟が指を差したのは上鳴だった。

「あれは上鳴電気。彼の個性もすごいよ!帯電だったかな。すぐアホみたいになっちゃうけど」

「それじゃあ、2位の子とか、その前騎馬の子でもなく?」

「それは爆豪と切島!物間はいけすかない感じの金髪イケメンだよ」

「はあぁぁ」

顔を手のひらで覆って俯きため息をつく啓悟に、双眼鏡を外して首を傾げる。

「ワイルドな男がタイプじゃなかったんですか?」

「えっ、私が?どちらかというなら物間とか焦凍みたいな感じの方が好き、だけど……」

いや、タイプというだけで実際好きなわけじゃないからね、と言うも啓悟のため息は治らない。

「タイプってだけで実際好きになる人は別だよ」

「好きな奴いるんスか」

「それは言葉のあやと言いますか」

目の前の騎馬戦に集中したいのに、怒っているような拗ねているような真横の啓悟が気になって仕方がない。

「それじゃ、俺みたいなピアスしたりヒゲ生やしてたりするやつはどうですか」

「えっ」

「物間ってやつみたいに小綺麗な方が良いですか?」

じっとこちらを見つめる瞳は、なにかを懇願しているように見えて。

「そのピアスもあごヒゲも啓……ホークスに似合っててかっこいい……と思うよ」

今までの私だったら、きっと好きにならなかった。でも……今は中身も外見も一番好きだと胸を張って言える。もちろん登場人物の1人として。

「ならいーです」

片手で首の後ろを掻きながら、ふいっと顔を背けられてしまう。赤い耳がほんの少しだけ見え隠れしていた。

騎馬戦が終わると啓悟は警備に戻っていった。昼休憩は一緒に居られないと聞いていたので1人で屋台をめぐり昼食を取る。
チアリーディングや他の競技を見て、ついに最終種目がやってきた。


目の前で繰り広げられるバトルは本当に迫力がある。焦凍の氷塊の冷気がこんなにも冷たいなんて、実際感じてみないとわからない。

そしてついに来た。出久vs焦凍。
啓悟はいつ来るのだろうか、きっとものすごく見たいだろうに。

出久と焦凍の最後の衝突の爆風に思わず目を瞑り、腕で顔を守った。視界が開けてきたと同時に上から焦ったような声が降ってきた。

「名前さん、大丈夫ですか?!」

「私は大丈夫!他のお客さんは?」

「怪我した人がいないかぐるっと確認してきます。また戻ってきますから」

言うやいなや、羽ばたき音だけを残して啓悟は消えてしまった。
体育祭で敵が現れたという描写は漫画にはなかったけれど、皆気を張りながら警備しているのだろう。

その後の飯田vs塩崎、芦戸vs常闇が終わり、切島と爆豪とのバトルが終わりかけたころに啓悟が少し疲れた様子で戻ってきた。

「お疲れ様」

「ありがとうございます」

ペットボトルのお茶を手渡すとそれをぐいっと喉に流し込む。剛翼といえど、飛び続ければさすがに疲れてしまうのは当然のこと。いつもヘラヘラとしてるから分かりづらいけれど。

「エンデヴァーさんの息子さんはどう?」

「緑谷くんとの戦いの時に炎の個性を使っていて……その時のエンデヴァーさんの喜びようがもうなんというか凄かったよ」

「エンデヴァーさんが喜んでた?それは見たかった」

「まあ、喜んでたというか叫んでたと言うか」

へえ?とニコニコしながら聞く啓悟を見て、焦凍からは嫌われている父親も、他の人から見れば最高のヒーローだったりするもので、なんだか、ちょっとしんどいかも。情緒が。



そのまま最終戦まで一緒に見て、最後に啓悟が私に尋ねた。

「職場体験の指名、誰が良いと思います?」

誰を選ぶかは知っていたけれど、私は少し悩むふりをしてから答えた。

「轟焦凍くんは絶対でしょ?順位に関係なく」

「どうして?」

「だって、あなたがエンデヴァーのことを好きすぎるからです」

そう見えます?と笑う彼だけど否定はしないのね。

「あと1人は誰にするの?」

「うーん、3位の子かなあ」

そう言って常闇を指差した。

「鳥仲間だし」

「翼はないけど?」

「だから、ですよ」

わかっていたことだけど、啓悟からその言葉が聞けて嬉しい。常闇はホークスとの出会いがあったからこそ、こんな気まぐれのような指名だったとしてもそのおかげで強くなれたと思うから。




――――――――



「おはようございます。スケジュール確認ですが、今日から1週間、雄英高校から職場体験で常闇踏陰くんが来る予定になってます」

「昼に新幹線で着くみたいなんで俺が迎えに行きます。そのまま事務所まで連れてきますんで」

大画面に映したスケジュール表を目の前に朝のミーティングを始める。体育祭から1週間と少しが経ち、ついに常闇くんが福岡へ来る日がやってきた。
本物に会えると言う緊張感と原作には存在しない私が絡んでも良いものかという不安で昨夜は寝付けなかった。
これから先のことを知っているというのは強みにはなるがそれ以上に怖い。啓悟はそんな私の気持ちに気がついているのか何も聞いてこないことだけが救いだった。


昼過ぎに事務所の扉が明るい声と共に開いた。

「はーい、ようこそー。ここがうちの事務所」

啓悟の後ろには制服を来た常闇が立っていた。

「失礼します」

一礼して部屋に入る。

「まあまあ、そんな固くならず。来てくれて嬉しいよ、これから1週間よろしく」

常闇の訪問に合わせて事務所に戻ってきていたサイドキックを呼び寄せる。

「この2人がうちのサイドキック。やることは彼らから聞いてね」

「常闇踏陰、ヒーロー名はツクヨミ。1週間世話になります」

「ツクヨミって神様の名前?バリクールやな!」

サイドキックの1人がそう言うと常闇はふっと目を瞑った。顔には出さないが少し嬉しそう。

「彼女もサイドキックなのか?」

色々と説明を受ける中で、横に立ってウンウンと頷いていただけの私に視線が集まった。

「あ、私は――」
「彼女は俺の奥さん」
「いやいや!ただの事務員ですから!」

唐突な冗談に私は慌てて訂正をしたが、サイドキック達は何が面白かったのかしばらく笑っていた。

「まあ、そういうことで」

「いやいや、本当にただの事務員ですからね!?苗字名前です、よろしくお願いします」

「事務員が仮の姿だとすれば――」

「いやほんとにただの無個性の事務員なんです」

うんうんと何か頷く常闇とそれを見て笑っている啓悟を恨めし気に睨みつけた。
こんな冗談を言うなんて珍しい。啓悟なりの常闇くんへのもてなし術というか場を和ませるためのものなのかもしれないけれど。


――


職場体験最終日、私は仕事中の啓悟やサイドキックの代わりに常闇くんを博多駅まで送りに来ていた。

「ねえ、常闇くん」

一週間ずっと浮かない顔をしていた彼のその理由を私は知っている。

「私の友達でね、エンデヴァーが一番好きな人がいるんだ。プロヒーローの中で一番」

「オールマイトでなく?」

「うん」

彼の視線がこちらに向いた。

「オールマイトを越えようと諦めない姿がかっこいいんだって」

焦凍の件は分かっている。常闇くんもすでに知っているかもしれない。
子どもに自分の夢を押し付ける最低な父親かもしれないけれど、それでも。

「自分の限界を自分で決めない。いくら遠い存在に思えても喰らいつく姿が貪欲でヒーローらしいって」

こんなことを言わずとも、彼なら次のインターンまでに成長して戻ってくるのに少しでも良いからホークスの気持ちをわかってほしくて。

「限界、か」

今回はきっと悔しかっただろうな。ヒーローを目指して、体育祭で3位にも入って、それなのにここでは後処理ばかりさせられて。
この屈辱を糧にして、

「次も待ってるね」

そう言って新幹線に乗り込む彼を見送った。


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