山吹は撫でつつ生ほさむありつつも。


今年の冬はやけに寒いな、と誰かが呟いていた。

私がこの町に来たのは今年が初めてだから分からないけど、まだ山吹は咲きそうにない。

もともと山吹は春を告げる花。

二月の今は寒さを耐え忍んで花開きの準備をしている頃だろう。

私も、そうなのだろうか。

山吹の花の咲くころに会いに行きますと。

そのときに花開くことができるのだろうか。

父と暮らせることができるのだろうか。

母は、自分のことを忘れているなら思い出させないでほしい、と。

でも、父は母のことを忘れてはいなかった。
新しい家族を持った今でも。

そうは言っても、今の家族は私なんかが今更姿を現してもきっと混乱するだろう。

父と暮らしたい、というのは私の単なる願望にすぎないのだ。

母を失くしてからずっと一人で生きてきた私の、我がまま、だとしたら。


私は公園のブランコに座りながら、ぼんやりと空を見上げていた。

空気は鋭いほど澄み渡っていて、ブランコを吊るす金属を握っている私の手は寒さで赤くなっていた。

ぎぃ、ぎぃ、と誰もいない公園で一人小さくブランコを漕ぎながら私は小さな声で唄う。

「山吹は、撫でつつ生ほさむ、ありつつも、君来ましつつ、かざしたりけり」

ここから遥か遠くの地で、母と過ごした家には綺麗な山吹の花が咲いていた。

三月に膨らみ始めるつぼみを毎年母と眺めてはこの歌を歌って大切に世話したものだ。

いつだったか、この山吹の香りがお父さんに届いたらいいね、と言った私に、少しさみしそうな顔をして笑ったお母さんの顔が忘れられない。



「そうね。この花が鯉伴様に届いて、あなたのことを知らせてくれたらどんなに嬉しいでしょう。でもね、そのときには私のことは言わないでね、ってお母さんは山吹にお願いするわ」

「なんで?お父さんとお母さんと皆で私は暮らしたいな」



まだ深く事情を知らなかったこのときの私の言葉に、母はどんなに胸を痛めただろう。


「お母さんの中には鯉伴様はいつまでもいるけれど、鯉伴様もそうとは限らないわ。あれから長い年月が過ぎてしまっているのだから。それに裏切ったのはお母さんの方だから」

「でも、お母さんから聞くお父さんの話だと、そんなことでお父さんが怒ってるとは思えないなぁ。お母さんのこと、お父さん大好きだったんでしょ?」

「ふふ。どうかしらね。正直、お母さんにもわからないわ。ただ、お母さんは遠くからあの人の幸せを祈っていられればそれで幸せなの」

「ふーん」



両親を幼い時に亡くした私は、その答えに満足できなかった。

この世にお互いがいて、愛し合っているならば会いに行けばいいのに。

私は、お父さんとも一緒に暮らしたい。

口には出さなかったけれども、少しだけそんな不満が残っていた。

そんな私を母は見抜いていたのだろう。


「ごめんね。お母さんは会えないけども、あなたはいつでもお父様に会いにいっていいのよ。私が止める権利はないもの」

「…いい。お母さんがいないと意味ないもの」

「そう…、そうね。いつか三人で会えたらいいわね。例え、たった一日だけだとしても」





そうだ。
いつだって、お母さんは私がお父さんに会ってみたいと考えると、見抜いたように言うのだ。

いつだって会いに行っていい、自分に止める権利はない、と。

母の最期の言葉も、お願いだった。

いつだって、そう。

お母さんは自分のことよりも他の人のことの心配ばかりする。

最後くらい、自分を思い出させる私に父と会うな、ときっぱり言ってくれればよかったのに。

そうすれば、お父さんに会いに行こうとしている自分にこうして母への背徳感も覚えずにすんだのに。

優しいお母さんが、少しだけ恨めしくなって、私は勢いよく地面を蹴って、ブランコを大きく漕いだ。


冬の高い空が、少しだけ近く思えた。





山吹は 撫でつつ生ほさむ ありつつも 君来ましつつ かざしたりけり

山吹は、大切に育てましょう。いつもずっと、あなた様がおいでになったときに、髪に飾られてますように。




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