我が背子が宿の山吹咲きてあらば。


「寒い…」

この前、羽織りを置いてきたのは失敗だったかな。

でも、あのままだとリクオが風邪ひいちゃったかもしれないし。

何十年も生きてるような妖の私より、子供の風邪の方が心配だから、やっぱり後悔はしていない。

ああ、それでもやっぱり寒い。

片手で番傘を。

もう片方の手を口元に持って行って息を吐くと、白い息が雪に混じって昇っていった。

この雪がやめば、私はこの町を出よう。

何処か遠くから父の幸せと母の冥福を祈って神社でも巡ろう。

そうすれば、いずれ私も母と同じように枯れるようにこの世を去るだろう。

誰にも気づかれることなく。

それが、一番なんだ。


そう決心したにも関わらず、ここしばらく雪はやまない。

まるで、私をこの町から出さないようにしているみたい、なんて考えて一人心の中で笑った。

この地方でこんなに長く雪が降るなんて珍しいなぁ、とお店のおじさんが呟いていた。

そんなおじさんに、私は笑った。

「こんなに寒い冬の年は、山吹の花が綺麗に咲くんですよ」

「へぇ、そいつは知らなかったな」

びくっと私の肩が揺れた。

この言葉に返事を返したのは、商店街のおじさんではなかった。

私の後ろから低くて、でもとても暖かい声が聞こえる。

番傘を持つ手がカタカタと震えた。

振り返っちゃ、駄目だ。


「あんた、山吹について詳しいのかい?」

後ろから聞こえる声は、下駄のからんころんという音とともに近づいてくる。

「あ…」

喉がかさかさになって声も出ない。

そして、ぴたりと下駄の音が止まった。

どうしよう。正面から見られれば確実に私が誰かばれてしまう。

顔を見られないように、逃げようとぎゅっと拳に力をこめたとき。


―ふわっ


「…え?」

暖かいものがぱさりと肩に掛けられた。

少し横を向いて確認すると、それはリクオにかけてあげたあの羽織で。


「この前は、リクオのこと、ありがとうよ」

「な、んで…?」

なんで、私だと?

「なんでかな。まぁ、俺も無駄に年喰ってるわけじゃねえからな」

そう言って、彼はそっと後ろから私の手を握った。

「冷てぇな」

ぽつりと、そう聞こえた。

それだけで涙がこぼれそうだった。

「…七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだに なきぞかなしき。この歌を知ってるかい?」

きゅうっと胸が締まった。


何度も、何度も何度も。

お母さんが泣きながら教えてくれた和歌。

「ごめんなさいね。あなたがいるのを知らないでこんな歌を歌って、本当に、ごめんなさい」

そう言って。



知ってるよ。

そう言って、父の暖かい胸に飛び込みたかった。

だけど、私には分からなかった。

お父さんの中には、まだお母さんがいる。

この歌で確信した。

それなら、すべてを打ち明けてもいいのかな。

ねぇ、お母さん。どうしたらいい?


「…我が背子が 宿の山吹 咲きてあらば やまず通はむ いや年の端に…」

結局、私は震える声でそう返してしまった。

その言葉に、後ろからふっと息の漏れる音が聞こえた。

「楽しみに、してる」

そう言って、またからんころんと下駄の音が鳴った。

今度は遠くへ。


ごめんね、お母さん。

この雪がやんだら、お父さんに会ってもいいですか?




我が背子が 宿の山吹 咲きてあらば やまず通はむ いや年の端に

あなたの家の山吹の花が咲く頃に、きっと訪れましょう。




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