咲けりとも知らずしあらば黙もあらむ。
「お姉ちゃん、泣いてるの?」
手で顔を覆っていた私に、まだ舌足らずな幼い声が聞こえて、私は顔を上げる。
「あなたは…」
目の前にいるのは、くりっとした可愛い大きい目をした茶髪の男の子。
「お姉ちゃん、どこか痛いの?ボク、薬持ってこようか?」
心配そうに見上げる瞳に、私は口を手で抑えて嗚咽をもらさないように我慢する。
落ち着いてから、頬に流れた涙をぬぐってその子の頭を撫でる。
「大丈夫。少し、寒かったから震えてただけ。痛いことなんて何もないよ」
「ほんと?じゃあ、寒いならボクの家来る?ボクの家、いっぱい妖怪がいてすごく暖かいよ」
満面の笑みで言う男の子の言葉に、再び目頭が熱くなったが、それを我慢して首を振る。
「ありがとう。でも、お姉ちゃんは行けないや」
そう言うと、男の子は少しうーん、と考え込んでから何かを思いついたように顔を輝かせた。
「じゃあね、こうしよう!」
そして、男の子は私の横に座って、私の腕をぎゅうっと握りしめた。
「ほら!ボク、あったかいからお姉ちゃんに分けたげる!」
「っ、…!」
じんわりと温もりが衣を通して伝わってくる。
母がいなくなってからの長い間、私が求めていたのは、この誰かの温もり、だったのかもしれない。
だって、ほら。
これだけで私の心に吹いていた冷たい風がぴたりと止んだ。
「ボク、リクオっていうんだ!お姉ちゃんは?」
少しでも熱を分けようとぴったりとくっつくリクオに私は少し微笑みを漏らして、リクオの耳元で囁いた。
「…リンお姉ちゃん?」
私の言葉を繰り返したリクオに、私はしーっと唇に手を当ててみせる。
「リクオ。私の名前は秘密。リクオと、私だけの秘密だから誰にも言っちゃ駄目だよ?約束できる?」
そう聞くと、リクオは勢いよく頷く。
「うん!ボク、立派な妖怪の総大将になるから秘密は絶対に守るよ!」
そんなリクオの言葉にくすりと笑いを漏らして私はありがとう、と呟く。
「##name_1##お姉ちゃん、まだ寒い?」
不意に聞かれて私は首を傾げる。
「なんで?」
「だって…」
リクオが私の腕をさらにぎゅっと抱きしめる。
「まだ、震えてるもん。寒いの?」
リクオの言葉に、私はくすりと笑った。
「ちょっと寒いかな。でも、リクオがこうしてくれれば全然寒くない」
そう言って私はリクオを抱えあげると、自分の膝の上に乗せた。
目をぱちくりとさせているリクオを後ろからぎゅうっと抱きしめて私は声を絞り出す。
「リクオ、立派な妖怪の総大将になってね」
しばらくして、遠くからリクオを呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、リクオー?どこ行ったー?」
この声は、一度しか聞いたことがなかったけども二度と忘れない声。
腕の中ですっかりすやすやと気持ちよさ気に眠ってしまったリクオをそっとベンチに寝かせて、自分が羽織っていた衣を掛けてやる。
「またね、リクオ」
最後まで私の服を掴んで離さなかったリクオの手をそっと解いて、私は公園を後にした。
「おーい、リクオー…っと。こんなところで寝てたのか?」
鯉伴は、山吹色の衣に包まれてすやすやと眠るリクオに呆れたように溜息をつきながら抱き上げる。
と、ふと、その衣の合間からひらひらと黄色い花弁が舞い落ちて鯉伴はリクオを一旦ベンチに戻して花びらを拾い上げる。
「これぁ…山吹の花…?季節でもねえってのに…。なんでまた…」
鯉伴は拾い上げた花びらをくるくる回して見てからそっと懐に入れた。
「うーん…。お父さん?」
そのとき、リクオが目をこすりながら起き上がる。
「おう、リクオ。起きたか。お前、誰かと一緒にいたのかい?」
問われてリクオは慌てて周りを見渡す。
「あれ?お姉ちゃんがいない…」
「お姉ちゃん?」
「うん!寒くてすごく震えてたから暖めてあげてたんだ!名前は…」
言おうとして、リクオははっと手で口を覆う。
「だめ!おとーさんにも秘密なんだ!」
「おとーさんにもか?」
片眉をひょいっとあげて問う鯉伴にリクオが頷く。
「約束を守る立派な総大将になるんだもん!」
その言葉に、鯉伴は笑う。
「そーか。じゃあ、言えねえな。とりあえず、帰るぞリクオ。外はまだまだ寒いんだから風邪引くぞ」
鯉伴の伸ばした手にリクオは勢いよく飛び込んで抱いてもらう。
鯉伴はリクオを抱きながらもう片方で、リクオを覆っていた衣を手に取る。
ふわり、と山吹の匂いがした。
それを、何か考えるように見つめてからそれも持って鯉伴は家に向かって歩き出した。
その間、リクオは“お姉ちゃん”のことを楽しそうに話していたのだった。
咲けりとも、知らずしあらば、黙もあらむ、この山吹を、見せつつもとな咲いているのを知らなければ何もしないで済みますものを。山吹の花をお見せになるなんて、君は。 [ 4/21 ][*prev] [next#]
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