花咲きて実はならねども長き日に。


「すいません、幸福饅頭ひとつ」

番傘を閉じて、店の中に入って店員に声をかける。

お母さんが住んでいたところの幸福饅頭は美味しかったのよ、と笑った母の顔を思い出して寄ってみたのだ。

「ああ、お客さんすいません。ここではばら売りはしていないんです。一箱12個入りで千二百円なんですが…」

申し訳なさそうに言う店員さんの言葉に、一瞬迷ってから私は頷く。

「わかりました。では、一箱ください」

「ありがとうございます」

着物の袖から財布を取り出した私は残り僅かな紙幣を店員さんに渡したのだった。






がさり、と音を立てて揺れる袋を腕にかけて私はまた店の外に出る。

まだまだ寒い風に、私は羽織りを掻き合わせて傘をさす。

「お母さんは…ここに、住んでたんだ…」

ぶるりと身を震わせてからゆっくりと目的もないまま歩きだす。

奴良家を訪ねてから一週間。

私は未だに浮世絵町から離れられないでいた。

目的は、もうない。

「花咲きて、実はならねども、長き日に、思ほゆるかも、山吹の花」

最後の母の言葉が自然と口をついて出てきた。


あの人との実はならなかったと思ったけど、貴女は長い間待ち望んだ山吹の花です。
あなたのことをあの人が知ったらどんなに喜ぶでしょう。
でも、もしも、あの人にすでに子がいたならば、私のことは思い出させないでください。

そう言ったお母さんは、私にごめんなさいと謝って逝った。

どんなにお母さんは私とお父さんと一緒に暮らせるような日々を夢見ていただろうか。

自分が死んでも、せめて山吹の花は咲いたのだと、愛しい人に伝えたかっただろうに。

でも、すでにお父さんが新しい幸せを手にしていたのならば、どうか自分のことを思い出させないで欲しい…私に、父に会わないでほしいと頼んで逝ったのだ。

お母さんの遺言は守る。

母がいたのが浮世絵町だったということ。
お父さんが奴良組の二代目総大将だということ。

母は何も言わずに去ったから、何十年もかけて自分で調べてようやく見つけた父のもとには、すでに幸せがあった。

ならば、私はどうすればいい?

母の最初の遺言…父に私の存在を知ってもらうことがお母さんを亡くしてからの私の生きる目的だった。

ぽっかりと穴が開いたような心を冬風が寂しく通り抜ける。

最後の遺言を守るならば、父に、母のことを思い出させないために、母とそっくりな私はさっさとこの町を去るべきなのだ。

頭でわかっていても、心が言うことを聞かない。

お父さんに会いたい。

お父さんと話したい。


私はどうしたらいいの。

木枯らしの吹く公園のベンチに座って、私は涙を流したのだった。




花咲きて、実はならねども、長き日(け)に、思ほゆるかも、山吹の花


花が咲いても、実はならないけれども、長い間待ち望んだ山吹の花です




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