山吹のにほへる妹がはねず色の。


「ここ、は…」

目が覚めると、ぼろぼろに朽ちた天井が視界に飛び込んできた。

「まぁ、目が覚めたのね」

優しげな声に顔を横に向けると、そこには長い黒髪の女の人が手に草の束を持って立っていた。

「あの、ここは…」

ぼうっとする頭を手で押さえながら体を起こすと、女の人が慌てたように駆け寄ってくる。

「そんなに急いで起きないで。まだ寝ててください」

「え、ええ…」

言われて、もう一度横たえてから自分の体の異変に気付く。

黒く長い髪。

少し幼い体。

そんな私を、横に座って女の人も見つめていた。

「…不思議な、こと…」

女の人の言葉に、私は首を傾けてみせる。

「あの…なんて言ったらいいのかしら…。あの、ね、あなた、実は…」

「もしかして、お母さん、ですか?」

女の人の言葉を遮って言えば、一瞬女の人は目を丸くさせてから、何かがほぐれていくように体を震わせる。


「ええ…、ええ…!」

やっぱり起き上がって、私は少し小さな手でしゃくりあげるお母さんの背中をゆっくりとさすった。

落ち着くまで、何度も。








私とお母さんはそっくりだった。

ただ一つ、目を除いては。

鋭く切れ長の金色の目を、母は愛おしそうに見つめては父のことを誇らしげに語る。

父が半妖だということ、母が妖だということ。

不思議と何の違和感もなく納得した。

どんなことがあろうと、私はぶれない。

“私”と約束したから。


私は、母に長い間子供が授からなかったわけと、私がこのように成長して生まれてきたわけを話した。

狐の呪いのこと。

そこにしばられた“私”を私の中に入れることで、生まれることができたこと。

それを、やっぱり母は涙を流しながら聞いていた。

聞くと、父はとある妖怪任侠の二代目で、その子供を産めない自分に絶望して母は家を抜けてきたのだという。

私が生まれても、今更戻れはしないということで、私と母は長い間、それこそ本当に長い時間を仲睦まじく一緒に過ごしたのだった。

しかし、やがて母は、まるで花が枯れるかのように日に日に痩せ衰えていった。

どうにか元気にしようといろんな薬を探し求める私に、母は笑って言った。

自分は花の妖だから、やがて枯れるのだと。

私と一緒に最後を過ごせたのだから、それだけで満足だった。

そう言って、母は眠るように逝った。

たくさんの温もりを私に残して。








「ここ、が浮世絵町…」

深く差していた番傘から空を見上げて、私は深い溜息をついた。

わざわざここに来て、何をしようというのか。

母のことを、父に伝える?

それとも、父に私が会いたいのだろうか。

しばらく葛藤したのち、やはり私は足を奴良組本家へと向けたのだった。






「おとーさん!」

「おお、リクオ。どうした?」

「あのね!うちのよーかい達を騙してきたんだ!」

「へぇ、そりゃすごいなぁ」

「うん!」


あれは。

「あなた、リクオー、夕飯よ!もうみんな待ってるわ」

「ああ。行くぞ、リクオ」

「うん!」

縁側に出てきた可愛らしい女の人。

それだけで、私はすべてを悟った。

そして、そのままその家に背を向けた。

母は、おそらく私のやりたいことを望んでいない。

自分のことは忘れ、幸せになってほしいと願っている。

そう思って向けた背に、声がかかった。

「うちに何か用ですか?」

涼やかな声だった。

「いいえ」

私は背を向けたまま答える。

「ですが、先ほどからこちらに立っておられましたよね」

見られていたのか。

内心溜息をつきながら、私は首を振って見せる。

「大きな家でしたから。それにとても賑やかで。つい覗き見をしてしまいました。すいません」

その言葉に、後ろの人はそうですか、と呟く。

「いえ、こちらこそすいません。貴女とよく似た人を知っていたもので。つい引き留めてしまいました」

その言葉に、心が震えた。

それをばれないように隠して、番傘で顔を隠したまま振り返って頭を下げる。

「では、おあいこということで。失礼します」

「え、ええ。それでは」

ふわりと風になびいて、目の前の男の人の首が体から離れて浮いたような気がした。

彼も妖怪なのだろう。

そんなことを思いながら、私は今度こそ奴良家を去ったのだった。



山吹の、にほへる妹が、はねず色の、赤裳の姿、夢に見えつつ

山吹のように美しいあの娘の、はねず色の赤い裳(も)の姿を夢に見ました




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