山吹の花のしづくに袖ぬれて。


何から話すか、不思議とためらうことはなかった。

お母さんのことについて父にようやく知ってもらえる。

そんな喜びにも似た感情を持ちながら、私はこれまでの事情を話した。

母の選んだ選択、自分の不思議な出生。そして、羽衣狐。


「母は、偽りの記憶を入れられ蘇らせられました。鯉伴様を消し、この世に羽衣狐を復活させようと企む晴明と山ン本五郎左衛門によって。それが、あの娘です。私は…母と、鯉伴様を救いたいと…そう、願って…」

しかし、そこで言葉が途切れた。

だから、私が殺した。お母さんを。

そう言おうと口を開いた私の頬を涙が伝っていた。
それはとどまることを知らないかのようにぽろぽろと零れ落ちて、私は混乱する。

「あ、れ…。すい、ません…。なんで、私…」

―ぎゅっ

両手で涙を拭いながら、必死に嗚咽を我慢しようとしていた私を力強く抱きしめてくれたのは父だった。

「もう、いい。それ以上言わなくていい。…一人で、よく頑張ったな。ありがとう」

「う…うぁ…鯉、伴…様…!」

父の背中に手をまわしてその懐に顔をうずめた私の頭をゆっくりと撫でながら父は苦笑する。

「鯉伴様、なんて他人行儀に言ってくれるな。オレはお前の…親父だろ?」

「お…父さん…?」

若菜さんがいるのにいいのだろうか、と一瞬頭をよぎったが、その言葉に父が嬉しそうに笑みをこぼしたのを見て、私は我慢が出来なくなってしまった。

「お父さん…!お父さん…!逢いたかった!ずっと…!」

何十年ぶりだろう。

こんなに子どもみたいに声をあげて泣いたのは。

いつぶりだろう。

こんなに心が暖かく満ちていくのは。

そして赤子のように、泣きつかれた私はそのまま夢の中へと誘われていったのだった。






「羽衣狐に晴明…それから山ン本五郎左衛門、か」

若菜がリンを寝かしつけて出て行った後の鯉伴の言葉に、ぬらりひょんは煙管をふかす。

「ワシもお前も、そうとう恨みを買ってきたということじゃな。まァ、魑魅魍魎の主になるのにそれなりの覚悟はしとったが…」

ぬらりひょんは顔を歪ませて、眠りについたリンを見た。

「遣る瀬無いもんじゃ。喧嘩なら直接売ってくればよいものを」

自分が背負った業ならば、どんな報いでも受けよう。
しかし、このような形で返ってくるとは思わなかった復讐にぬらりひょんは深く溜息をついた。

「なァ、親父」

鯉伴の声音に、ぬらりひょんは眉をあげた。

「こいつァ、オレに売られた喧嘩だ。オレが落とし前つけるってのが筋だよなァ?」

深く怒気を孕んだ声に、ぬらりひょんは口角を上げる。

「そいつァ、ちょいっと違うな」

「あ?」

「羽衣狐と四百年前にやり合ったのはこのワシよ。それに落とし前ってんなら、リンとリクオも入れてやらなきゃあな」

ぬらりひょんの言葉に、鯉伴は目を細める。

「…親父。何を考えている?」

「鯉伴。こいつはお前だけの問題じゃねぇってことだ。ワシとお前と、これから組を背負っていくこの子達全員が因縁持っちまったんだ。こいつは奴良家三代で落とし前つけるってのが筋じゃろう?」

そう言うぬらりひょんに鯉伴は髪をがしがし掻いて唸る。

「そんなこと言って、奴良組の三代目を教育したいってのが本心なんだろ?」

「かっかっか。流石、ワシの息子じゃ。晴明に、山ン本。彼奴らが地獄にいる限り、この因縁は代々続くと言うても過言ではないじゃろう。それなら、今から組をより強くしとかなきゃなるまい。それに…これからの時代を担っていくのはこの子達じゃ。それはお前もよう分かっとるはずじゃ」

ぬらりひょんの言葉に、鯉伴は溜息をつく。

「ああ、分かっちゃあいるんだがよ…」

そう言って眠っているリンに目を向けて、切なげに顔をしかめた。

「…いや。そうだな。大切な人を守るためには強くならなきゃな。オレも、組も」

強い決意を秘めた言葉が寝室に重く響いた。






瞼に眩しい光がさして、私は目をあけた。

ああ、やけに目が腫れぼったい。

目をこすりながら起き上がったとき、ちょうど若菜さんが寝室に入ってきた。

「あら。起きた?」

明るい声で聞かれて、私は戸惑いながらも頷く。

「まだ朝早いから朝食まで時間あるんだけど、お腹すいてる?早めにご飯にするかしら?」

その言葉に、慌てて首を振ると一寸考え込んだ後、若菜さんがぱっと笑顔を見せた。

「それじゃあ、ちょっとお話しない?」




「あの時の子が、リンちゃんだったのね」

若菜さんのしみじみとした言葉に、なんと返していいか分からず私は俯く。

「ふふ、私ね、実はあのとき…なんとなく、だけど気付いてたのよ?」

「え?」

何を言われているのか分からず、思わず顔をあげた私の頬を若菜さんは両手で包み込んだ。

「匂い…っていうのかしら。あの人…鯉伴さんと同じ匂いがしたの。そのとき、私、絶対あなたを一人にしちゃいけないと思って。いきなり逃げちゃうんだもの。あの後、いっぱい探したのよ?」

ぷうっと頬を膨らませる若菜さんを、私は呆気にとられて見ていた。

「それでね、もう一度逢えたら絶対うちに連れてこようって。一緒に住みましょうって言うつもりだったの。…ね?いいかしら?」

「私…!私、前の女の人の、子供、ですよ?」

「そうねぇ…。私なんかが新しいお母さんでいいのか分からないけど、私はリンちゃんみたいな可愛い娘が欲しいわぁ!お姉ちゃんが出来て、リクオも喜ぶだろうし!」

「でも、私は…」

私は、この手で自分の母親を殺した。
こんな娘を…。

「あのね。私は本当にリンちゃんに感謝しているの」

「?」

「あなたがいなかったら私は鯉伴さんを失っていたかもしれない。それってつまり、前の鯉伴さんの奥さんが鯉伴さんを守ってくれたってことでしょ?…きっと、とても素敵な人だったんでしょうね」

少し、寂しそうに若菜さんが言う。

「だからこそ、私も少しでも恩返しがしたいの。あなたと、あなたのお母さんに。…だから、私にお母さんをさせてくれないかしら?」

「私なんかが、いいんですか…?」

ここにいて。

お父さんと…お母さんと呼べる人と生きることが出来て。

「幸せになって、いいんでしょうか…?」

「なに言ってるの!」

若菜さんが初めて声を大きくした。

そして、次の瞬間には暖かな体温に包まれた。

「当たり前でしょう?絶対に、幸せにするから…!」

「ありがとう…ございます…」

懐かしいような香りに包まれながら、私は小さく呟いた。




山吹の 花のしづくに 袖ぬれて 昔おぼゆる 玉川の里

山吹の花の雫に袖が濡れると、懐かしい玉川の里を思い出します。



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