今か咲くらむ山吹の花。


最初に感じたのは痛みだった。

血がどくどくと流れ出ている感覚。

次に聴覚が戻った。

誰かが、私を呼んでいる。


「だ…れ…」

声がする方へ伸ばした手が暖かなものに包まれて、私は目を開けた。

「リン!」

「…鯉、伴…さま…」

そこでようやく自分の置かれた状況を理解した。

羽衣狐の依代にされたお母さんに刺されて…。

少し頭を動かして横を見れば、倒れ伏した幼い母の亡骸。背中には私が差したままの刀。

思わず目を背けたとき、胸に鈍い痛みが走って顔をしかめた。

「あ…封印が…」

胸から淡い光を放ちながら、“私”の魂が玉になって出てくる。
あれを晴明たちに渡してはいけない。

必死にその玉を手に取ろうとしたとき。

「おのれ!小娘ごときが我らの宿願を!ああ、羽衣狐様…!なんということに…」

すぐそばの茂みから額に大きな一つ目がある妖怪が飛び出してきて玉に手を伸ばす。

だめ…!


必死に手を伸ばした私の横を素早い何かが風とともに駆け抜けていった。

「去れ。ここはお前のような者が立ち入って良い場所ではない」

「一、狐様…!」

神々しく毛並をなびかせた一狐様が玉をくわえて睨みをきかせれば、一つ目の妖怪は顔を歪めて再び茂みの中にゆっくりと姿を消したのだった。




「一狐様、ありがとうございます」

改めて礼を言えば、一狐様が振り返る。

「…そうか。お前と“お前”の選択は、それでいいのだな」

全てを見透かしている一狐様の言葉に、私は言葉が見つからずただ頷く。

あの子が生きろ、といった命ならば。もう迷いはしない。
ただ、あるはずのなかった未来に戸惑いが胸の中に渦巻いていた。


「リン…、これは、どういう…」

目の前の惨状に言葉が見つからないのだろう。

父の言葉に振り向いた私を、そのまま一狐様とどこから現れたのか二狐様は一瞥して空へ昇って行った。

「お前に、神の加護があらんことを」

最後に残されたその言葉に、全てが終わったのだと私はようやく悟って、静かに一狐様と二狐様へ一礼したのだった。





「鯉、伴様…。再びお会いできてしまったようです」

無理矢理上げた口角は上手く微笑みをつくれているだろうか。

地面は赤く染められていく。

「…事情はあとでいい。今はお前の傷を治す。横になれ。それから…」

母の亡骸に向けられた父の視線に、私は首を振る。

「それは、もはやただの“器”でございます。生かすことは出来ません。…魂がないのですから」

ああ、頬を流れる雫も止まらない。

「ただ、もし…もし、できることなら、お墓を…。母の愛したこの街に…。どう、か…」

意識が遠のいていく。


お母さん、“私”。

私、生きるよ。これからも、ずっと。

ただ、少しだけ疲れたから。

少しだけ、寝かせてください。

起きたら、全部お父さんに話すよ。組のみんなにも。それから考えようと思う。これからの生き方を。

それで、いいよね。






目覚めたのは一週間後だった。

途中、水を飲まされたり着替えさせられたりと何度か意識が戻ることはあったものの、高熱のためほとんど覚えていない。

ようやく布団から起き上がった時は体のあちこちに痛みが走った。
もちろん、刺された傷も痛んだけど。

「この痕、残るわね」

看病をしてくれた若菜さんの言葉に、それでいいんです、と答えた。

この傷を一生背負って生きていく。母と“私”の記憶と一緒に。


「目ェ、覚めたかい?」

低く、暖かみのある声に私ははっと顔をあげる。

「鯉伴様…、ぬらりひょん様…」

父は、若菜さんをちらりと見て肩をすくめた。

「お前のことは若菜にも話してある。じじいもお前の話を聞きたいんだと。早速で悪いんだが、そのままでいい。話せるか?」

その言葉に私は小さく頷いたのだった。




かはづ鳴く 神奈備川に 影見えて 今か咲くらむ 山吹の花

かはづが鳴いている神奈備川に影を落として、今咲いているでしょうか、山吹の花が。



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