花こそ花のなかにつらけれ。


暗い闇の中。

深い、深い闇だけれど、私はここがどこだか知っている。

ここは、羽衣狐を封じ込める永遠の籠。

封印の刃で貫いた羽衣狐はここに吸収されたはずだ。

依代とは違い、永久に輪廻を巡る魂のなかに羽衣狐を閉じ込めれば、もはや羽衣狐が外に出ることは叶わぬ。

この魂も、一狐様と二狐様が稲荷大明神様のもとで転生してしまわぬよう見ていてくれる手はずになっている。

あとは、私が内側から鍵をかければ、これは完璧な檻になる。


…母の魂は、きちんと逝けたのだろうか。
“私”は体に戻れただろうか。

これから、自分自身が檻としてこの闇で永遠を過ごすなか、それを見届けられないことだけが心残りだ。

だけど、それを考えても詮無いこと。

頭を振って、手をかざした。

この闇を永遠にするために。



そんなとき、はらりと闇の中に薄桃色の花びらが舞い込んできた。

「?桜…?」

そんな疑問を呟いた時だった。

「やっと、届いたね」

「!!」

この暗闇で聞こえるこの声に私は目を見開いて振り向く。

そこには、立派に美しく咲き誇る桜の木。そしてその下には、“私”がいた。

「な、んで…?」

貴女はここにいるはずではないの。

もう体は返すって決めたのに。

見つめる私に、“私”はにこりと笑った。

「ずうっと、呼んでたの。“私”ったら私のことも考えずにどんどん先走っちゃうんだから」

「え?だって、あなた、ずっと眠ってたじゃない」

「あなたの中の“私”はね」

「?」

わけが分からずに眉をしかめると、“私”は笑った。

「当たり前でしょ?あなたは“私”なんだし、私は“あなた”なんだから」

「…それって…」

祈るように言葉を紡ぐ。

「私が私だったときも、あなたは…ずっと一緒に私だったっていうこと?」

「ふふ、せーいかい!」

いたずらっ子のようにくすくすと笑って、“私”は言う。

「もう!最初のときにお願いしたでしょ?そしたらあなた、任されたって言ったじゃない。言ったことには責任持ってよ。途中で“私”を放り出すなんて許さないんだから!」

「え?なにを言って…、だって、“私”はもう生まれることが出来たんだよ?もともとあなたの身体なんだから、もう…」

言いかけたときだった。

ふわり。

懐かしい香りに私は目を見張る。



「リン。ああ、愛しい妾の娘たち」


「お母、さん…?」

桜の下に現れた母の姿にもはや頭が動かない。

違う。
こんなの計画と全然違う。

「ど、して…」

戸惑う私に向かって、母と“私”が幸せそうに微笑む。


「どうして娘をこんなところで一人残していけるでしょう。妾もここで封印の一部となりましょう」

「そんなっ、!」

「ですが、鯉伴様には辛い最後をお見せしてしまいました。妾だけ、娘と一緒では鯉伴様に申し訳ありません。“リン”、貴女は戻って鯉伴様と、奴良組を支えてあげてください」

違う。
違うの。

こんな結末を望んでいたわけじゃない。

ただ、私が犠牲になれば…。


「リンは勘違いをしてるわ。妾は意外と欲張りなのよ?」

母はくすくすと笑う。

「妾は、娘をここに置いておくのも、鯉伴様から奪ってしまうのも嫌なの。それにね、早くに去ってしまった妾が永遠に娘と過ごすことが出来るなんて、なんて幸せなんでしょう。そして最後に、願いも叶った。偽りでも、一日だけでも、鯉伴様とリンと過ごせて本当に幸せだったわ」

ただ、ただ幸せそうに母と“私”は微笑む。

「私は、お母さんと一緒に。あなたはお父さんと一緒に。いつでも、いつまでも私達はあなたを見守っているわ」

“私”が手をかざす。

「待って…!」


「ありがとう、リン。これからも、お願いね」



暗闇が白く塗りつぶされた。




にほふより 春は暮れゆく 山吹の 花こそ花の なかにつらけれ 

山吹の香りで春は暮れていく。ああ、山吹こそ花のなかの花といえるだろう




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