水底に沈める枝の雫には。



それから、時間はただひたすらゆっくりと流れて行った。

父と手をつなぐ母の後ろ姿とリクオを見守りながら、父とたわいもないことを話す時間はとても心地が良かった。

久しぶりに心から笑った。

小さいお母さんはなかなか懐いてくれなかったけど、小さな手で編んだ花冠をそっと渡してくれたときには思わず泣きそうになってしまった。

この花冠の編み方、もう随分昔に、お母さんから教わった編み方だった。

それを見て、父も微笑んでいた。



「乙女は?」

一度だけ、呟くように聞かれた問いに、内心慌てながらも悟られないよう短く言い切った。

「亡くなりました」

そう言えば、そうか、と父は頷いたきり、その話をすることはなかった。

それでも、その瞳が切なそうに曇るのを見て、この人は何百年もお母さんのことを待っていてくれたんだと知ることが出来て、また、泣きそうになった。

無理矢理蘇らせられた体だけど、再び父と母を出会わせた晴明と羽衣狐に思わず感謝してしまいそうになったほど、暖かな時間だった。



しかし、それがいつまでも続くわけがなかった。

いつだって終わりが来ることを、私は知っていた。

幸せな時間にも、辛い日々にも。

皮肉にも、そのきっかけは母の化身である山吹の花だった。


神社の裏手一面に咲き誇る綺麗な山吹の花。

まるで、桜吹雪のように、春風が山吹の花びらを散らした。

その光景が終わりを告げているんだと、何となく私は感じ取っていた。

「“七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき”」

少し切なさをにじませながらも、父は私とお母さんを見た。

「あのあと…山吹の花言葉を何度も調べちまったっけ。“気品”“崇高”…」

その顔には笑みが浮かんでいた。

「そして…“待ちかねる”。リン、お前達のことみたいだな」

その言葉に、私も微笑む。

「はい。…鯉伴様」

私は、お母さんと父の間にそれとなく割り込んで父を見る。

「貴方が、私の父で本当に良かった。貴方と会えて本当に良かった。私は、貴方と母の子で良かった。今までがどんな人生でも、これからがどんな未来でも、あなた達の子供であることを誇りに思います」

向こうから、リクオが駆けてきた。

大丈夫。絶対に私があなた達を守るから。

「…?リン、お前、その血…!?」

口の端から血が一筋つたった。

「どうか、幸せに…。そして、出来れば私と母のことは忘れてください。ただ、もしも…」

体を貫いた刃の先が父に見えないよう袖で隠した。

「この体が生き残ることが出来たら…“私”を愛してやってください。その子は間違いなく、貴方と母の子で、すから…」

最後の方は血が混じって言葉にならなかったかもしれない。

こんなところを父に見せる気はなかった。

だけど、すでに母の持つ刃は私を貫いた後。

そして、母の声が聞こえる。


「あぁ…、リン…?鯉伴…さま…?」

「お、母さん…」

懐刀を手に、私は母に振り向く。

「あああぁああああ!!」

体に不恰好な大きな刀を手にして、母は叫ぶ。

「リン!リン!!あ、ああああ!」

母が、黒に、染まっていく。


「ごめん、ね。でも、一緒に、逝こう?お母さん」

口の端からは血が一筋。

頬には涙が一筋。


ごめんね、“私”。貴女に返す体なのに、傷をつけちゃったよ。




「さようなら」


懐刀を母に突きたてた。




水底に 沈める枝の 雫には 濡るとも折らん 山吹のはな 

水底に沈む山吹の花を、濡れてもいいから手折りましょう。



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