離れにし妹を偲ひつるかも。


春の訪れをところどころに感じさせていた浮世絵町。

その外れの廃寺にも、同じように春が訪れる。

それぞれの想いを交錯させて。



まだ、羽衣狐もお母さんも見つからない。

それでも、刻々と時を刻む音が私には聞こえている気がした。

結局、晴明と山ん本、そして母のことは誰にも告げずにいることにした。

これは私の仇討だ。

奴良組よりも、父よりも、なにより私がけじめをつけなければならない。

許せなかった。
もしも母が依代となって、母が最期まで愛した人に手をかけられなければならなくなるという最後が。

私が、今度こそお母さんを眠らせてあげよう。

父は何も知らないままで。

それが、両親に対する私の最後の親孝行だ。


春告げ鳥が、廃寺の瓦で陽気に鳴く。
まるで、何も心配することはないよと。
その先には、希望という春が待っているのだと教えてくれているように。


さわさわと気持ちのいい風が頬を撫でる。

林が春を待ち望んでいるように地面から新しい芽を出している。

そう。春は、新しい命の芽吹き。

終わりじゃない。冬を耐え忍んだ先の希望が、春なのだから。

だから、私がいなくなっても“私”がいるし、お父さんとリクオもいる。
若菜さんはきっと“私”を受け入れてくれるだろう。

ああ、なんだか晴れ晴れとした気分だ。

この地に来て、よかった。

“私”があの優しい人達に囲まれて、柔らかく笑っている未来が目に浮かぶ。

よかった。

ここに、“あなた”を導くのが、私の役目だったとしたならば。

私は何の未練もなく、羽衣狐を閉じ込める檻になれるよ。


どうか、もう少し待っていて。



瞼の裏に、桜の花びらが映る。

そこに眠る“私”に心の中で語りかけてから、ふと頬に何か柔らかいものが触れた気がして、そっと目を開ける。

「…桜」

先ほどまで瞼の裏に映っていた桜の花びらが、現世にもひとひら、舞っていた。

一瞬、あっちの世界の桜が迷い出てきたのかと錯覚してから、私は苦笑する。

さあっと吹き上げる風に桃色が踊っていて、いよいよ花も開いたのだと。


花びらを舞い上げる春一番が、一人ぽつんと立つ私の髪も巻き上げて空高く昇って行く。


風の向かう先の空を見上げながら、私は一振りの懐刀を取り出して陽にかざす。

山吹が緻密に彫られた柄と、柔らかな光に照らされて光る刃。

父からもらったのだと、母が言っていた唯一の形見。
それに、大明神の力を込めた封印の刃。

このまま、晴明の思い通りに依代として使われるくらいならば、母の魂を解放してやることが、救いなのだろう。


「お母さん、お父さん…絶対に助けるよ」

先日の、彼とリクオの言葉のおかげだろう。

もう、迷わないよ。

ハッピーエンド、なんて陳腐な終わり方。
復讐を選んだ瞬間から、私の選択肢から黒く塗りつぶされていた。

復讐と同じ深い闇となり、羽衣狐を飲み込んでやろう。

それが、新しい春の礎となるのならば。

どうして後悔することがあるだろう。



時を刻む音が一際、大きく響いた気がした。




山吹の花取り持ちて つれもなく 離れにし妹を 偲ひつるかも

遠く離れたあなたさまのことを、山吹の花を手にとって、偲んでいるのですよ。



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