君が手触れず花散らめやも。


「ごほっ!…けほ、けほ…」

大きな狐に乗って連れて行かれたのは竹林の中の小さな小屋だった。

そこに降ろされて、私はすぐ屋根の下に入ったのだがこらえていた咳が止まらず、胸をおさえてうずくまった。

ぺろり、と一匹の狐に心配そうに頬を舐められて私は苦笑する。

「ご、めんなさい…、だいじょ、ぶ…けほ…だから…」

狐の柔らかな毛並を撫でて言うが、説得力はあまりなさそうだ。

「こんな雨の中、傘を手放すからだ」

もう一匹の狐が口を開く。

「一狐様…、ごめんなさい、つい…」

一狐…、尾が一本の見た目は大きいだけの狐の言葉に私は苦笑する。

もう一匹の狐は尾の数が二本。故に二狐様。

この二匹は畏れ多くも稲荷神社から遣わされた天狐である。といってもすでに稲荷神社の神使を引退した身らしいのだが。

妖力や神通力を持った狐は、生きた年数、また力の大きさによって見た目や尾の数が変わっていく。
特に、最初は尾の数が増えて九尾になると一度成長が止まり、また何千年と生きると今度は逆に尾の数が減っていくのだと言う。

既に一狐様と二狐様は九尾になり、今は尾の数が零になる空狐になる途中なのだ。

白狐は稲荷神社の神使として有名だが、尾の数が増えると引退をし、自らが大神となる空狐を目指す。

それを目前に控えたこの二匹のお狐様がなぜ、私のもとにいるのか。

それは全て羽衣狐のためだった。







「リン、今日はもう休みなさい」

二狐様に言われて、私は意識をはっと現実に戻す。

「いえ、一狐様と二狐様がいらっしゃったということは何か動きがあったはずです。私は大丈夫ですから、教えてください」

気丈に振舞うが、二狐様の目はごまかせず。

「今無理をすれば、羽衣狐と対する前にあなた…消えるわ」

つん、と湿った鼻先で額をつつかれて私は渋々頷く。


「大丈夫。目が覚めたら教えるから」

二狐様の優しげな声に誘われるように、私は横になった。
そんな私を温めてくれるかのように二匹のお狐様も私に身を寄せるようにしてうずくまる。

ふさりとしたとても柔らかな毛並に顔をうずめると、外の雨音が子守唄のように聞こえて、意識は一瞬で闇にのまれていったのだった。




…―羽衣狐はもとは稲荷神の神使である白狐だったらしい。

それは、“私”と母の仇を取ろうと羽衣狐のことを調べまわっていたときに耳にした。

稲荷神。

それは妖の身である自分にとって遥か高みの存在であるはずだった。

それでも。

もとの神使のことならば話を聞いてもらえるのではないだろうか。

そして私は、伏目稲荷神社への百度参りを始めたのだった。


百度参り。それは祈願の内容が切実であるときに行う一風変わった参拝方法で、一日に百回神社の入り口から本殿まで参拝し、また入口に戻るのを繰り返す。

しかし妖の身に神域の空気は痛く、また伏目稲荷神社の参道は山道となっていて長く険しく、百度参りのために裸足だった足の裏は皮が破れて一日で血まみれとなっていた。
そして、一日に百回参拝する百度参りを百日ほど続けたころ。

一狐様が現れたのだ。


「妖の身で神頼みをしているのは貴様か」

ああ、届いたのだ。
私の想いが、無念を遂げた母への想いが。

冬の風が吹きすさぶ赤い鳥居の下で、冷たい涙が頬をつたった。





鴬の、来鳴く山吹、うたがたも、君が手触れず、花散らめやも

鴬がやってきて鳴く山吹は、まさかあなた様が手を触れないうちに散ったりはしないことでしょう。





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