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校門に掲げられた「霧崎第一高等学校」という文字を見たとき、「もしや」と思った。
初めて対面するはずの人たちなのにその外見にデジャブを覚えたとき、「もしや」は「まさしく」に変わり、

ー「なんで、よりによって」になった。


かみさまのいうとおり


「おっと、大丈夫?ぶつかってごめんね」

放課後のため人気の少なくなった廊下で、走ってきた女子生徒に正面衝突した「我がバスケ部のキャプテン」は、周りにほわほわした効果が舞っていそうな紳士的な態度で女子生徒に微笑みかけた。

「い、いえ!!こちらこそごめんなさい!!」

「気をつけてね」

その気立てのいい振る舞いに顔を赤らめる女子を、手まで振って見送るソイツ。一連のやり取りを階段の端から見ていた私は、「…胡散臭」と呟く。
私には分かる。あの表情は、本性を隠すために貼り付けた仮面だ。今にそのきな臭い笑顔は無表情に変わることだろう。
案の定女子生徒の姿が見えなくなった途端に笑顔をスッと引っ込めたソイツは、さっきまで彼女に振っていた手で自分の身体に彼女が触れた部分を払い、おまけにその動作に舌打ちまで加えて、踵を返し歩き出した。
自分が予想した3倍くらいのクズ行動に、半ば呆然としつつ手すりに肘をつきながらソイツがこちらに向かって近づいてくる様を見つめていると、私の視線に気づいたのかばっちりと視線が合ってしまった。

「やあ蒼井さん。今日も仕事よろしくね。いつも助かってるよ」

その目に私を捉えたソイツは、すぐに笑顔を浮かべ先ほどの紳士的な、否、胡散臭い物腰で私に接してきた。
頭のすこぶる良い目の前の男なら、私が彼が仮面をつけてからまた外すまでの様子を見ていたことぐらい察しているだろう。察していて尚、仮面をつける瞬間を再度私に見せているのだ。
私にどう思われているかなど関心はない、ということなのだろう。
完全に舐められている。私だって、お前のことなんかどうだっていい。私はお前やそのチームメイトをサポートするために、クソ野郎の掃き溜めである霧崎第一高校バスケ部のマネージャーになったんじゃない。
いい加減見てて不愉快になってきたその笑顔を無視し、私は目的地へと足を進める。まあ、行き先は奴と一緒なのだが。

体育館に向かって歩く私のすぐ後ろで、仮面が外れる音がした。



転生、という事象が私に振りかかるなんて思ってもみなかった。
しかも、その舞台は私が前世で大層のめり込んでいた「黒子のバスケ」という漫画の中だった。自分が傾倒していた漫画やアニメの世界にトリップ、なんてファンならば一度は考えたことはあるだろう。私だって憧憬の念を抱いていたし、もし本当にその世界に行けたなら幸せで堪らないだろうとも思った。
だが、実際に黒バスの世界に飛ばされてみて感じたものは、興奮でもなくましてや幸福でもなかった。落胆、ただそれだけ。
転生した私が通うことになっていたのは、あの霧崎第一高校だったからだ。
私は黒バスの中でも誠凛高校が一番好きだった。故に、その誠凛高校を姑息な手段で苦しめた霧崎第一に対して憎悪の念さえ抱いた。原作12巻は霧崎第一のメンバー、特に花宮真が胸糞悪すぎて単行本を2回ほど破り、2回ほど買い直した。
そんな根っからの霧崎アンチの私が、よりによって最も嫌悪していたチームが存在する高校に在籍するはめになるなんて。
校舎でのさばる憎き平安眉毛や死んだ魚、ガムクチャクソ野郎を目にして事実を認識した時は、ショックのあまり転生して早々屋上から飛び降りかけた。普通はキセキの世代属する高校の生徒に転生するのが定石ではないのか?神様は馬鹿なのか?そもそも神様などいるのか?
だが、すぐに思い直した。腐ってもここは黒バスの世界だ。他のキャラクターに会える可能性はきっとある。そしてその「可能性」を、「絶対」に変える術を私は知っている。
いきなり転ばされた上に、ただで起きてやるなんて糞くらえだ。
思い立ったその日に、私は憎き霧崎バスケ部の門を叩いていた。


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