黒子の場合
「黒子くんってモロ草食顔だよね」
本棚の蔵書をチェックするため、帳簿に目を向けたままそう言うと、返却された本を私の隣で順番通りに並べていた彼はきょとんとした顔でこちらを見た。
「どうゆう意味ですか、それ」
「知らないの?恋愛とか超奥手そうな顔してるってこと!」
「知らなかったです。初めて聞きました」
「草食系って言葉知らないのが草食たる証拠だよね!!」
自分の作業が終わって帳簿を閉じた私は、けらけらと笑いながらワゴンに残っている本を黒子くんと同じように並べていく。
同じ図書委員ということで仲良くなった1学年後輩の黒子くんは、私のからかうような言葉に少し考え込む仕草をした。
「ボクにはよく分からないですけど」
「絶対そうだよー。好きな子とか彼女とかになかなかモーション掛けられないでしょ?」
黒子くんの返答にも同じ調子で返していたが、はたと本棚とワゴンを往復させていた手を止めた。
草食系男子って、こういう恋愛の話にも照れちゃって黙ったり慌てたりしちゃう男の子、ってイメージがあるんだけど。とても今の彼の声色からはそんな様子が窺えなかった。
私は、なぜかバレないようにとそっと黒子くんの表情を確かめた。
わ、。
照れるでも慌てるでもなく、いつもの無表情で彼は私を見つめている。ビー玉みたいな綺麗な水色の瞳に吸い込まれそうになったので、私のほうが慌てて目を逸らしてしまった。
「…蒼井先輩」
「な、何?」
動揺を隠すように作業に集中しようとするが、本を持つ手が震えてしまう。そんな私の心情を知ってか知らずか、黒子くんは身体をこちらに向けてきた。
「モーション掛けるって、どうやったらいいんですか」
「えっ…と…」
心なしか近い彼との距離に萎縮してしまう。低いと思っていたのに意外と私より高かった身長や、大人っぽくはないけどやけに落ち着いた声が、男の子って感じがしていきなり胸の鼓動が高鳴る。
「て、手繋いだりとかキスしたりってこと!!アハハ、この話もう終わろっか!」
私と黒子くん以外誰もいない図書室に空元気な声が響き渡る。私はさっさと作業を片しちゃおうと本を一気に数冊手に持った。
この空気、ヤバい。呑まれたらおかしくなっちゃう。
「ーじゃあ」
静かに紡がれる彼の声に、忙しなく動いていた手が止まる。
「モーション、掛けてもいいですか」
…いや、もう
「あ…ぅ…」
呑まれてるかもしれない。
少し腰を屈めて、うろたえている私と視線を合わせる黒子くんの目は少し揺れている。彼にとっての「緊張」の表現をその目から感じ取り、今の言葉が冗談ではないことを把握させられる。
「…いい、よ」
綺麗な水色の瞳に吸い込まれて、気づけば私はそう答えてしまっていた。
ゆっくりと黒子くんはこちらに近付き、優しく私の両肩を掴む。ブラウスからじんわりと伝わってくる手の温度に身体が揺れて、持っていた本を落としてしまった。
大きな音を立てて本が落ちるのも気にせず、そのまま手に少し力を込めて本棚に私を押し付ける黒子くん。な、なにこれ。黒子くん、なんでそんなに手際がいいの…!
けしかけた私の方が涙目になってしまう。心臓がドキドキして、苦しい。でもやめてほしいとは思わない。
伏し目がちの彼の顔が近づいてきて、鼻と鼻が触れ合う。ぎゅっと閉じた目から、涙が一筋こぼれる。
唇が重なる前に感じたのは、黒子くんの熱い吐息だった。
「ん…っ」
思っていたより柔らかかった彼の唇は一度私のそれに優しく触れた後、すぐに離れて。
「…っふ…っ!?」
次の瞬間には、さっきよりも幾分強い力で黒子くんの唇が押し付けられていた。
私の唇ごと食べるようにキスをされ、時たま甘噛みされる。頭がぼうっとしてどこかへいっちゃいそうになったから、怖くなって黒子くんのシャツを皺になるぐらい掴む。すると黒子くんはそれに応えるように距離を詰め、私の肩に添えていた手を頬に移動させた。私と彼の間は、正真正銘ゼロ距離だ。
「ひ、っ」
離れる直前、唇をべろっと舐められて身体がぶるっと震える。未だ目と鼻の先にある彼の口からは吐息が漏れて、その熱が私を変な気にさせる。
「…は、」
少し眉を寄せた彼の表情が色っぽすぎて恥ずかしくて、頬を掴まれて逃げようがないにもかかわらず視線を目一杯横へずらす。
「蒼井先輩」
「は、い…」
「ボクは、」
「!」
チュッと音を立てて瞼にキスをされる。やだ、ほんとにもう心臓止まりそう。
「「いいよ」と言われたら容赦はしない系男子です」
いたずらっ子みたいに目を細めた黒子くんを見て、からかったことを一瞬だけ後悔したけれど。
また降らされた唇に翻弄されて、すぐに何も考えられなくなった。
黒子テツヤ+キス
=ロールキャベツの化身
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