錯覚して正当化

ブレザーのポッケから鍵を取り出し、家の扉を開く。返事を期待しないただいまを家の中に投げかけながら駆け足で階段を上って二階突き当たりの自分の部屋まで。カバンをベッドに放り投げて、お気に入りの可愛い制服から適当な私服に着替える。そしてまた1階まで降り、キッチンの戸棚からお菓子を数個選んで腕に抱える。準備完了、ここまで約三分。サンダルを足に引っ掛けて再度家を出ようとしたところで忘れ物に気づくが、その思考を無視して外へ飛び出した。



見慣れた勝手口を我が物顔で開くと、そこには五分前に別れた彼が珍しくだらけるようにして寝転がっていた。

「ただいま、何してるの着替えもしないで」

縁側から足を投げ出して横たわっている征十郎の隣に腰掛けながら声を掛ける。征十郎は天井を見つめていた視線を私に向け、薄く笑みを浮かべた。

「おかえり。なんだか新しい生活に少し疲れたみたいだ」

「征十郎は頑張りすぎなんだよー。授業中ももっと気抜けばいいのに。ほら、お菓子持ってきたよ」

帝光中に入学してから二週間。小学校の時以上に勉強を頑張りだした征十郎は、家でも予習・復習を欠かさない学生の鑑のような生活を送っている。こんな状態で部活まで始まったら、いつか壊れてしまうんじゃないだろうかと不安になってしまう。

「前の席で気持ちよさそうに寝てる翠を見たら確かに羨ましくもなるけどね」

「あっ!そうだ、何で数学の時間起こしたの!?お弁当のあとは一層気持ちよくお昼寝できるのにー!!」

「先生に当てられそうだったから起こしてあげたのに心外だな。緑間もよだれを垂らしている君を見て軽く引いていたぞ」

そう、征十郎は今日の授業中に快適に寝ている私の背中をシャーペンでつついて起こしてきたのだ。最初はシカトしていたが、あまりに延々とつついてくるので眠気が覚めてしまい起きる羽目になった。征十郎が好意で起こしてくれたのだと知らされ、責める口調になってしまったことに罪悪感を覚えたが、隣の席に座っている男の子に寝顔を見られてしまったという恥ずかしさから素直に謝ることはできなくて。

「どうせ起きててもわかんないんだから別にいいの!!緑間くんの情報もいらない!」

頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた可愛くない私を見て、征十郎は声を上げて笑う。少し久しぶりに聞いた気がする彼の笑い声に、膨らませていた頬が少し緩んだ。征十郎は、基本私の前でしか表情を崩すことはない。無防備な彼の姿を見れるのは幼馴染である私の特権だ。
征十郎の笑顔にたちまち気を良くしたゲンキンな私は、征十郎の横に寝転がってだらしなく緩ませた笑顔を征十郎に近づけた。眉を少し歪めて、笑顔の余韻が残る表情で征十郎もこちらを向く。ほんとに安心するなぁ、征十郎の隣は。

「授業中に寝れないならさ、今一緒に寝ようよ!段々あったかくなってきたしきもちいいよ、きっと!」

「…翠、」

「ん?」

「今日は明日提出の課題をウチでやるという約束だったはずだけど」

「げっ…!わ、忘れちゃったの!ちゃんと家帰ったらやるからぁ!!」

「ごまかさない。教えてあげるから家から持ってくるんだ」

「えぇ〜…」

「それに、」

立ち上がって部屋の中に入ろうとする征十郎にならって私もむくりと起き上がる。すると、征十郎は隣で大きく伸びをしている私の太ももを手の甲でいきなり軽く叩いた。ぺちんと小気味のいい音が鳴り響く。

「何!!」

「課題が終わっていたとしてもそんな格好ではここで寝させないけど。風邪をひく」

「大丈夫だよ!今までだってここで寝たことあるもん!」

「駄目だ。それから、外でそんなに足を出してたら危ないからオレのズボンを履いて課題を取りに行くといい。そこで待っていろ」

「はぁっ!?」

下に短いパンツを履いている私の姿を見て、眉間を抑えながらブツブツ呟く征十郎。小学校の頃だっていつもこんな格好だったじゃん。

「すぐ隣なんだし別にいいよ!!めんどくさい!」

「翠みたいなちんちくりんを狙う変態も居るんだから。すぐに持ってくる」

「何それ酷い!!バーカバーカ!!征十郎の過保護!!」

私の罵声を背中で受け止めながら征十郎は室内へ消えていった。今までになかった征十郎の行動に束の間疑問を抱いたが、征十郎が心配性なのはいつものことか、と思い直し再び縁側に寝転がる。日が落ちてきて冷たくなった風が私の身体を刺激する。

うぅ、やっぱちょっと寒いかも。ちょっとっていうか、かなり…


私がジャージを持ってきた征十郎に飛びついたのは数分後のこと。

征十郎の言うことはいつも正しい。短パンの上にジャージを履きながらそう言うと、彼はなぜか困ったように笑って首を横に振った。





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