機縁の延期
『1月1日』のふたりのような
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「夏休みが替えられれば良かったんですが…」
ごめんね、と申し訳なさそうな声を出したひとに驚いて。
手渡されたマグカップを思わず取り落としそうになった。
なんにも悪くないマスターに、何を。言わせているんだ俺は。
「そんな、…すみません、俺が」
季節変わりの雨風が叩きつけるように窓を濡らして続く言葉を呑んでいく。
天候が相手じゃ仕方ない話だった。
顔に出さないように気を付けていたつもりだったけれど。
飛行機も、海も、なによりマスターと旅行だなんて。
ぜんぶ、考えもしなかったことばかりで舞い上がりすぎてた。
誘われたときも、ふたりで予定を立ててたときも、その時点で十分嬉しかったし、楽しかったのに。
しつこく気落ちしてたのが、分かったのかもしれない。もうもう、ばかばかばか。
「あの…あの俺、…台風も好きですよ」
「カイト、落ち込んでもいいよ」
穏やかに促された言葉の意味を咄嗟に汲み取れずに、呆けた向かいで。
「俺は、凄く残念です」
カイトと旅行、楽しみにしてたのに、と眉を下げて笑ったひとが深く息を吐いた。
「……俺、俺も、とっても残念です」
目から鱗、と一緒に涙が落ちそうだ。
マスターも俺みたいに、待ちわびたり悲しんだり俺とのこと。
そうやって思って貰えること自体が望外に嬉しくて堪らないのに。
「秋…は難しいかな、来年行こう」
台風も次は遠慮してくれるはず、と明るく笑ったひとにつられて笑った。
来年行けたらそれは勿論嬉しいけれど、もしもまた行けなくなってもいい気がした。
マスターの描く未来に俺が居る。
当たり前みたいに言われたことが嬉しくて、視界が滲んだ俺に焦ったひとが。
来年が駄目でも再来年もあると足すから余計に気持ちも涙も溢れた。
end
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