にゃんにゃん
ただいまを聞いておかえりを告げる。

信じて疑わなかったいつもの流れを、すっ飛ばして担ぎ上げられた所為で、何が起きたか把握出来ずに。

連れ込まれた一室でベッドに転がされたときやっと。

「…な、何す…っ」

遅れてきた混乱と狼狽で足早に鼓動が跳ねた。

視界に入る照明は天井に紛れるだけで灯らない。

「ああ悪い、痛かった?」

降ってきた声音には多少の焦燥が混じるけど。

廊下から続く些細な灯りじゃ表情までは読み取れなかった。心情なんて尚のこと。

背にしたのはフローリングの床ではなく、スプリングマットの上で。

放り捨てるほどの荒々しさがあったわけでもないから。

首を振って否定を返すと額に軽く唇が触れて離れる。

「良かった、ごめん」

部屋着の裾をたくし上げた手のひらが、浮かんだ懸念を確定的なものにした。

今から?今直ぐ?ただいまも聞いてないのに?

「アカイト腕上げて」

「だって、キスは?」

勢いに呑まれたまま口走った疑問を後悔する余裕も無く。

脱がされたTシャツを目で追って、戻すと何故かマスターまでも時を止めて瞬く。

「ただいまの?」

「ちがう」

けれど、なんて言ったらいいのか分からない。

意思を促す手段だと今までずっと思っていたけど、手順に決まりは無いのかもしれない。

漠然と慣れた過程を容易く覆されると、残るのは初心にかえった緊張だけだ。

怖気に似たそれで強張った身体を引き起こされて間も無く。

唐突に視界を覆ったものが通り過ぎて腰まで。

「ほら腕通して、ここに親指入れて」

再び何かを着せられたのだと分かった時には、闇に慣れた目前でマスターが破顔した。

手首の内側に開いた箇所へ指を通すと手の甲までも隠れる。

指先だけが僅かに覗く長さの袖は表に爪の絵。獣の。恐らく猫の。

「これ、パジャマにしていいよ」

満足そうに笑った奴に被されたフードにはご丁寧に耳まで付いているらしい。

どこで見つけて、誰が浮かんで、急いで帰って来たんだなんて報告は右から左へ抜けてくだけだ。

黒地に淡い肉球がプリントされた手のひらを眺めて、握る。

訪れた脱力が腹立たしさに変わる頃には、振り当てたそれにすら嬉しそうな苦笑が返って。

「猫パンチ、可愛い」

けど脱がせたくなるから止めてくれ、とか今更甘ったるい声を出す。

くだらないことでいちいち喜ぶ相手を無下に出来ない程度には、こちらも同じ感情を持て余して久しい。

いろんなことが急速に馬鹿馬鹿しくてもどかしく思えたベッドの上で。

寝転がって直ぐに灯った照明と向けられたレンズに眉を寄せる。

「ばか撮るなばか」

「ばかばか言うな」

「ばかばかばか」

「止めろ、可愛い」

携帯を構えた奴の手首を狙ってキックも提供しておいた。


end
同じ主題の青版・v・)つ
[歌へ戻る]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -