I'm all yours! | ナノ






チョコレートとカメレオンの続き




「一つさ、シズちゃんに謝らなきゃいけないことがあるんだよね」

暖かい日だった。三寒四温とは言うものの、今年は例年よりも温に偏った気候だと朝のニュースで告げていた通り、強い風も既に寒さを伴うものではなくなっている。
街を彩る陽気に誘われるように、普段は家に篭りがちな二人も外食に出ていた。臨也も静雄も仕事の具合で出勤日の変わる生活を送っているため、二人そろって休日らしい休日を送ることは案外と少ない。静雄が休みで会いに行ったとして、臨也に外へ出るほどの余裕があるとは限らない。特にここ最近は仕事が立て込んでいたらしく、せっかく家に行っても放っておかれることが殆どであった。
久しぶりの外食の誘いは埋め合わせの意図もあるのだろうが、こうして彼に連れられて外へ出た時点で決着はついている。今更、改まって謝られるような心当たりはない。

「なんだよ」

 そもそも、謝りたいというならただ一言、ごめんと切り出せばいいだけなのに、と思いながら、回りくどい言い方を咎めるように視線をやる。柔らかい陽に照らされて、いつもは不穏な表情ばかり浮かべている男の顔もどこか優しげに見えた。

「いや、ホワイトデーのお返し何も用意してなくってさ」

「あー……」

 ホワイトデー。あったあったそんな行事。街中がピンクやらハートやらに染まるバレンタインならともかく、その対であるはずのホワイトデーは印象が弱い。日付の感覚すら曖昧なことすらある静雄に、そんな行事を把握していろというのが無理な話だった。
 臨也はいかにも申し訳ないといった風情で眉を下げているが、そもそも存在すら把握していなかったので、静雄としては反応のしようがない。間延びした声は意図もなく口から漏れた。

「バレンタインは珍しくシズちゃんからくれたじゃない? だからちゃんとお返ししたいと思ってたんだけど、ここのところ忙しかったから、何も考えてなくて」

 バレンタインの折にはお互いに文字通り無傷では済まないまどろっこしいやり取りがあったはずなのだが、臨也の中では静雄からチョコを貰えた日ということで片が付いているらしい。まったく都合のいい男だ、と思わなくもないが、あの程度で満足してくれるなら静雄としてもありがたいというのが本音だった。
 それでね、と臨也が話を続ける。

「おねだり、してくんない?」

「おねだり?」

「うん、そう。おねだり。まだ一週間あるし、それまでにシズちゃんのしてほしいこと、なんでも言ってくれればいいからさ」

 贈り物の希望を相手に聞く、というのは至ってシンプルな行為だろう。しかし、普段あまりそういう状況に置かれることがないので、言葉の響きそのものにどこか新鮮味すら感じてしまう。おねだり、という四文字を頭のなかで繰り返している静雄をよそに、目当ての店を見つけた臨也は戸を開いて店内へ入っていく。そこで話題は一旦途切れた。
 食事をし、街を歩き、たまの休日をゆっくり楽しんで、明日も仕事だからと暗くなる前に別れた。帰途に着いている最中に臨也から送られてきたメールの、「じゃあ、ホワイトデーよろしくね」という一文で、やっと静雄は気付いたのである。

 おねだりって、どうすんだ?





『おねだり……』

 何を言われたのかわからず、セルティの頭の中は一瞬まっしろになった。おねだり、という言葉の意味合いは、おそらく自分の知っているあのおねだりだろう。問題は、その単語が友人である平和島静雄の口から飛び出したというところにある。おおよそその可愛らしい響きがしっくりくる彼ではない。おねだりを受ける側としてならまだしも、静雄から自発的に「おねだりの仕方」なんてものを聞かれるとは考えたこともなかった。

「あーなんだ……その、新羅にしたんでも、向こうからされたんでもどっちでもいいんだけどよ」

 どんなものをねだったのか聞きたい、というのだ。
 咥えたタバコを上下させて、ぼそぼそと説明する静雄の様子をセルティは不思議な気持ちで眺めた。池袋最強と謳われ、時に天災のように扱われることすらある男が、たった四文字の単語に頭を悩ませている。ガードレールに軽く腰をかけた静雄の腿の辺りに投げ出された腕は、とても自販機を投げ飛ばすようには見えない。
 セルティの視線に気付いたのか、静雄は気まずそうにサングラスを直す仕草で顔を隠した。

「あんまり見んなよ」

 照れているらしい。

『わ、悪い……! まさかそんなことを聞かれるなんて思ってもみなかったから、意外で、つい』

「あ、いーよいーよ。んなに謝られたらこっちが恥ずかしいだろ」

 顔を少し俯かせるようにして目線をセルティから外したまま、静雄が苦笑する。その笑みに、セルティは目を丸くした。元々キレているときと通常時とでギャップの多い静雄であったが、ここまで穏やかな笑みを浮かべる彼は知らない。
いや、少し前から兆候はあったのだ。少しずつ、少しずつ、静雄の周囲の空気は確実に丸みを帯びている。彼に変化をもたらした原因を考え、頭に浮かんだのは端正な顔立ちにいやらしい笑みを浮かべる男の姿だった。
 二人が付き合っているのだと聞いたとき、セルティにはにわかにはその事実が信じられなかった。安寧とは真逆の関係を築いていた二人である。和解を通り越して更にその先のステップへ踏み込むなどと、果たして誰が予想できただろうか。てっきり新羅の冗談か勘違いだろうと、そんな風に頭のどこかで思っていた。それが、どうだろう。
 所在無さげに地面をさまよう視線を見て、ようやくセルティの中で何かが腑に落ちた。相変わらず殺しあうし、名前を呼ぶ声には憎しみが混ざる。普通の恋人とは随分違うだろう。それでも、彼らは新たな関係を築きつつあった。少なくとも、静雄に起きている変化を見る限り、それはそう悪いものではないのだろう。自分だって、以前は新羅の気持ちに応えることなんて考えもしなかったではないか。変わらない部分と変わっていく部分に戸惑いながら、手探りに少しずつ歩みだそうとする感覚は、セルティにはよく覚えのあるものだ。
 力になってやりたい。セルティの中に湧き上がったのは至ってシンプルな感情だった。

『して貰いたい、と思うことを素直に伝えればいいと思うんだが、なにかないのか?』

「考えてみたんだけど、元々あんまり欲しいものとかねえからなぁ」

『そうだな……趣味のものに関しては自分で買うことが多いから新羅には頼まないんだが、旅行の計画を立てて貰ったりだとかそういうことを頼むことが多いかな。あとは、新羅からだったら、手料理を作ってくれと頼まれたことはあるぞ。物でどうこうって言うよりは行動が多いのかもしれない』

「行動、か」

『旅行なんかはどうだ』

「いや、大体どこ行くにもあいつに任せっきりだしな。日程までは決まってねえけど、遠出する話も向こうからもう出てんだよ」

『そうか、それなら料理はどうだ?』

 臨也の料理の腕前は知らないし、新羅がセルティに手料理を希望するような気持ちが静雄の中にあるのかはわからないが、とりあえず自分の例にならって提案だけしてみる。一瞬脳裏に誰かの似合わないエプロン姿が浮かんで、セルティは自分に表情がないことをとても有難く感じた。

「それもいつも食ってんだよな。今更頼んでも芸がないっつーか」

 静雄の口からさらりと思わぬ発言が飛び出して、セルティの頭の中に?と!が同時に浮かんだ。

『あいつが料理をするのか?!』

「おう。なんつったっか……あのプリンみてえなパン焼いた甘いのぐらいしか作れねえけどな」

 しかも甘味。新羅、私はどうやらとんでもない情報を聞いているのかもしれない……。静雄のあっけらかんとした受け答えを見る限り、本当に日常的に作って貰っているのだろう。セルティが思っていたよりも折原臨也は甲斐甲斐しく静雄に接しているようだ。

『ああ、そうだ。静雄は甘いものが好きだろう。それなら、何か有名なスイーツでも頼んで見たらどうだ?』

「それも考えたんだけどよ、いつ行ってもあいつんちに何かしら甘いものあるし、有名どころも調べてみたら意外とあいつんちで食べたことあるもんばっかなんだよな。それ考えるとわざわざ改めて頼むほどのもんでもないっつーか」

『じゃあ、これは経験談じゃないが、服飾品はどうだ? 贈り物といえば定番だろう』

「むしろいつも服がだせえだのなんだの言って色々寄越してくるから迷惑してんだよ」

 眉を寄せて事も無げに言う友人の顔を見て、ようやくセルティは気付いた。友人の悩みは、どうやらセルティが思い描いていたものとは少々異なるようだ。不慣れだけが原因で困っているわけでも、謙虚さゆえにねだる内容が思いつかない訳でもない。

『静雄、あのな』

「ん?どうかしたか」

『お前、貰い過ぎててねだることがないだけなんじゃないか?』

「あ?」

 間の抜けた声が彼の口から漏れた。何を言われたんだかわからない、というような顔でこっちを見る。

『だから、貰い過ぎだ!』

 自分で言うのもなんだが、新羅もセルティには大概甘い。けれど、セルティが求めない限り余分なことはしない彼と違って、臨也は言われる前から静雄になんでもかんでも与えすぎている。そして静雄はどう考えても感覚が麻痺しているとしか思えなかった。

「そうなのか?」

 本当に思いも寄らなかったのだろう。軽く首を傾げる静雄の顔には疑問符が大量に浮かんでいる。

『たぶんな。静雄が何かしてほしいと思う前に臨也が先回りしてるから、何も思いつかないんじゃないか?』

 手に持っていたタバコを再び咥えて、静雄はまた考え込むような素振りを見せる。暫くの空白の間に、静雄は何度か「あー……」と小さな声を漏らした。どうやらいくつか思い当たる節があったらしい。

「……なんとなく、そんな気がしてきたんだけどよ、それで結局どうしたらいいと思う?」

 何をおねだりするか。普段から貰っているものをねだっても意味がないだろう。セルティとしてももう提案するストックがない。議論は行き詰まったかに見えた。自分だったらどうするだろうか、と考えてセルティは次の言葉を打ち込む。

『どうしても思いつかないなら、相手にねだられたことをそのまま返すというのはどうだろう。臨也なにか頼まれたことは?』

 新たな提案を読んで、一瞬表情を明るくした静雄であったが、すぐにまた考え込む姿勢に戻る。

「なあ、セルティ」

『どうかしたか?』

 数秒のためらいの後、彼は言った。

「俺、あいつに何もしてやった覚えがねえ……」

 肩を落とす静雄を見て、セルティは音にならないため息をついた。





 ティーポットからカップへ、ゆっくりと琥珀色の液体を注ぐ。蒸気の白とともに、ほのかな香りが立ち昇った。マスカットを思わせる爽やかなアロマは、春めいた気候によく似合っている。普段は珈琲しか飲まないので紅茶の種類にそう詳しいわけではないのだが、菓子を用意した店で勧められたものなので間違いはないだろう。
 カップと揃いの白地に明るいグリーンのラインの入った皿の上には、昼間に買ってきたばかりのプリンが乗っている。真っ白でところどころにバニラビーンズの粒の見え隠れするそれは、ホワイトデー限定の一品なのだそうだ。限定品がなんでもかんでもいいと思っているわけではないが、事前の下調べはきちんと済ませている。濃厚な牛乳の風味が強い味は、静雄の味覚に合っているはずだ。
 本当はどこか外へ連れ出すつもりだった。むしろ、それを期待して「おねだりしてよ」なんて要求をしたのだ。静雄の仕事の予定はわかっていたが、いつものように臨也から時間の指定はしなかった。静雄から、はっきりと約束を取り付けて欲しかったのである。実際、彼は自発的に時間と場所を指定してきた。予想外だったのは、仕事終わりに臨也の家で、という以外になんら彼からの希望が提示されていなかったということだけだ。メールが届いた瞬間の臨也の心中は、ここで語る間でもないだろう。いつも通りの時間、いつもの場所。これではイベントも何もあったものではない。どんなに不満でも、ある意味これも立派なおねだりの一つだ。了承しない訳にもいくまい。
 キッチンから首だけ覗かせて、静雄の様子を伺う。応接スペースのソファからはみ出た背中は、いつも通りのバーテン服に包まれている。何度も通した部屋なのに、今日の静雄はどこかいつもより落ち着きがない。慣れないことを頼んだので無理もないか、と思えば、臨也の顔は自然と緩む。あの様子ならきちんと考えてきてくれたのだろう。
 さてさて、一体どんなおねだりをしてくれるのやら。

「おまたせ」

「お、おう」

 声をかけて静雄の隣に座る。机に置いたデザートとカップの一式を差し出すと、静雄の動きが一瞬止まった。視線は皿の上で微かに震えるプリンに注がれている。

「それ、おいしそうじゃない? ホワイトデーの限定らしいよ。一応自分でも食べてみたんだけど、シズちゃんの好きそうな味だと思う。結構並んだんだから、味わって食べてね」

 ぺらぺらと、聞かれてもいない情報を一方的に伝える。いつもの彼なら「知るかよ。てめえが勝手に用意したんだろ」って睨むなりなんなりしてくるところだし、こっちとしてもそういう反応を期待しているところがある。周囲にどう思われているかは知らないが、静雄が怒るところが臨也は嫌いじゃない。そこから発展する壮絶な喧嘩も、むしろ楽しんでいると言っていい。元々、自分たちを繋いでいるのは、そこらへんの恋人のような甘ったるくて柔い絆ではないのだ。もっとどうしようもなくて汚い執着にまみれたものが根っこにはある。ナイフを向けている最中は本当に殺してやりたいと考えているが、そんな気持ちすら含めて、臨也は静雄を自分にとって唯一の人だと考えていた。きっと彼も同じ気持ちだろう。そう思えば、不毛に見える喧嘩も一興というもの。
 なのに、今日は静雄の反応が鈍い。怒って文句を言わないにしても、好物を前にした彼はなんだかんだで素直な反応を示すことが多いのに、目の前の静雄は違っていた。瞳は期待に輝くというよりも困惑しているようだったし、差し出されたプリンをちらちらと伺ったまま、一向に手を伸ばす気配がない。おねだりを意識する余り上の空、というのともちょっと違うような気がする。どちらかというと、プリンを食べること自体に何か抵抗を感じているような素振りだった。

「どうかしたの? お腹空いてなかった?」

 今日は静雄の仕事が早く終わったため、まだ夕食までは時間がある。彼が昼食をとった時間(夕飯と被らないように当然メニューも確認済みだ)から考えれば、まさかお腹いっぱいなんていうことはないだろうと思いつつ、一応思いついた可能性を口にしてみる。

「あ、いや」
 
ちらっと臨也を見て、また静雄の視線が泳ぐ。元々思い切りのいい性格とは言い難いが、深く考えるのが苦手な性質と相まって、彼がここまで煮え切らない態度をとることは珍しい。何か思うところがあるなら、こんな、いかにも気になることがありますなんていう態度を取る前に、とっくにキレて全てを吹っ飛ばすのが平和島静雄だろう。

「食べさせてあげようか?」

ジョークを飛ばすと、すかさず舌打ちが返ってきた。こういう反応はいつも通りなんだけどなぁ。
このまま二人して止まっていても仕方がないので、一旦静雄を放って自分の分のプリンに口をつける。食べ始める臨也の様子を見て、渋々といった風に静雄もスプーンを手にとった。眉を寄せて何かを考えているような顔をしたまま、一口分を掬って口に運ぶ。一瞬のうちに彼の周りの空気が緩んだ。何かが吹っ切れたのか、そのまま次々に次の一口を掬っていく。

「おいしい?」

「ん」

 短い返事は与えられたプリンの味が静雄の口に合っていたことの証明だった。一つのことに没頭すると他のことはどうでもよくなる静雄である。またたく間にぺろっと平らげる姿を見て、臨也は内心で胸を撫で下ろす。臨也の与えたものを素直に受け入れてくれるということは、何か自分に非がある訳ではないのだろう。
 スプーンを置いて、静雄は紅茶に口をつける。一気にゴクゴクと飲み干す姿には作法もなにもあったものではないが、彼なりに美味しく味わっているようなので文句は言わずに看過した。楽しんで貰えているのならそれでいい。

「で、考えてきてくれた?」

 食器を引き上げながら聞くと、静雄の動きが止まった。しまった、というような顔でじっと臨也の顔を見る。そして突然立ち上がったかと思うと、臨也の手にしていたお盆をひったくった。

「それ、俺がやる!」

「あっちょっと!」

 変に抵抗して食器が割れても嫌なので、大人しく彼に任せる。バタバタと、キッチンのほうへ引っ込む姿を見ながら、仕方がないかともう一度席についた。続いて聞こえてくる水音に、また不安な気持ちが沸くが、下手に見に行ったら怒られるパターンだなと考え大人しくその場で待った。
 ひと通りの食器を洗い終えたらしい静雄は、満足気な様子で戻ってきた。また臨也の隣に落ち着く。今まで何度となく彼に食べ物を出してきたけど、後片付けをやるなんて静雄が言ったことはなかった。そもそも臨也の与えるもの全てにおいて、出されたから仕方なく貰ってやる、というスタンスの彼である。片付けだって臨也がして当然というような顔をしていた癖に一体どうしたというのだろうか。

「なんのつもり?」

「別になんでもねーよ」

「んー、なんかよくわかんないけど、まあいいや。ありがとう。ところで、ホワイトデー当日なわけだけど、どうする?」

 このままよくわからないペースに流されても仕方がないと、話題をかっさらう。主導権はなるべく握ったままでいたかった。
 突然突きつけられた本題に、静雄は目に見えるほど狼狽した。あ、とか、う、とか言葉にならない呻き声が漏れるのを眺める。自分のしたことで、というならまだしも、勝手に狼狽えられても面白くもなんともない。むしろ置いてきぼりにされたような気分が募るだけだ。

「ほら、なんでもいいんだよ」

 軽く両手を広げながら言ってやる。なんでも、という部分の言葉を強調したジェスチャーのつもりだ。最後のダメ押しが効いたのかどうかはわからないが、静雄はもごもごと何かを言い始めた。よく聞こえないと文句を言うと、思い切りよく顔を上げる。

「夕食は俺がやる!」

「はぁ? なにそれ、なんでいまここでそういう話になるわけ? 俺の質問覚えてる?」

「お、おねだりだろ」

「そうだよ。だから、君が俺に頼むの。それじゃ逆でしょ」

「もう何もすんなって頼んでんだよ!!」

これではまるで臨也のしていることが迷惑だとでも言われているみたいではないか。予想外の展開に不機嫌を隠す気にもなれない。眉が寄るのが自分でもわかった。
臨也の表情を見て、静雄はまた動揺を見せた。「ち、ちがっ そうじゃなくて」と、狼狽える。彼なりに伝えたいことがあるようだ。途切れ途切れに言葉を繋ぐ様子をしばし黙って見守った。

「いつもいつもてめえは色々してくるし、されてばっかで、俺はなんもしてなくて、おねだりっつったってしてほしいことも思いつかねーし」

 静雄としても何を言っていいかまとまってはいないのだろう。泳ぐ視線の一方で、拳はぎゅっと固く握られている。その様子を見ていると臨也は一ヶ月前のことを思い出した。
 バレンタインの折に差し出されたチョコレートの理由を臨也は知らないままだった。お互い無傷では済まないほどの喧嘩をした後で、決して甘い雰囲気ではなかったはずだ。一体あのときのやり取りのどこに静雄が素直になる要素があったのか、臨也にはてんで理解できなかった。良くも悪くも、いつだって彼の行動は自分の発想を凌駕する。
 それでも文句も言わずに突然のプレゼントを受け取ったのは、彼があんまり必死だったからだ。口を突いて出る言葉や、表向きの表情こそ可愛らしいものではなかったが、寒さだけではない赤みを帯びた顔や揺れる瞳を見れば、大体の察しはつく。握りしめた跡の残ったチョコレートの箱も、実はこっそりとっておいてあった。静雄の考えの、全てを理解することはできない。それでも、目に見えるところだけは、少なくとも彼は臨也との関係に対して努力を見せている。
 だからまあ、許してやるか。

「お前のしてほしいことをさせろよ!」

 これが自分なりのおねだりなのだと胸を張る静雄に、臨也は奥から湧き上がる衝動を殺さず口元を歪めた。肩を震わせて笑う臨也に、静雄が目を見開く。
 俺がしてほしいことをさせろ、か。まったく、単細胞の君にふさわしい殺し文句だよ。

「シズちゃん、そういうの、なんて言えばいいか教えてあげようか」

「……なんだよ」

「『あなたの好きにして』って言うんだよ」

 瞬間赤くなる顔を見て、今度こそ臨也は声を上げて笑った。







/「I'm all yours!!」であなたの好きにしてって意味になると小耳に挟んだんですが、違ってたらごめんなさい!
わかりあえなくても歩み寄れるんだよっていう話のつもりでした。
おねだりする静雄、という素敵なリクエストをくれた友人の誕生日に捧げます!