臆病者の恋
暗めなのでちょっと注意
呆気なく終わるもんなんだな。
なんて、心の隅で思う。
目の前で、倉持にこのモテ男!そうちゃかされて、ハハ、と笑う御幸はすごい嬉しそうで、私に見せたことの無い笑顔で倉持の皮肉にもありがとう、と言っている。
その姿に凄く腹が立って、こんなの醜い嫉妬だって、わかってる。わかってるのに。
「山田?」
山田は、祝ってくれねぇの?
そう聞く御幸なんて、大嫌いで、……大好き。御幸は私なんて今までずっと見ていなかったのを、御幸をずっと見ていたわたしは知っている。それでも私は御幸の側にいれて、話せるだけで幸せだと思っていた。でも、でも本当はね、私だって御幸の彼女になりたかったよ。
おめでとう、と言いたいのに喉が燃えるように熱くて、言葉が上手く出てこない。
「っ」
「……あー!そうだ!山田お前今風邪気味だって言ってたよな!?」
私が声を出そうとすると、急に倉持が叫びだす。何事かと思ったら、倉持は私の手を引っ張ってずいずい教室のドアに向かって歩きだした。
「ちょ、倉持っ」
「じゃーな!御幸!」
「あ、お、おう?
じゃーな、山田。 お大事にな?」
私を無視してどんどん進む倉持は御幸に手を振る。すると戸惑いながらも手を振って倉持の嘘を間に受けた御幸は私の体を気遣ってくれた。
その事に罪悪感と倉持がどうしてあんな嘘を吐いて、教室から私を連れ出したの?
そんな問いをしても目の前の本人は何も言わずただひたすら足を動かしていた。
倉持がぴたりと足を止めたのは体育館裏だった。
私はひたすら早足で歩き続けていたので息が乱れていたけど流石野球部。息も乱れていないし。すごいなあ
「あのよ」
唐突に口を開いた倉持は、まだ握ったままだった私の手を離して私と向き合うと鋭い目付きで、私を睨む。
「辛いんだったら、泣けば良いんじゃねーの」
その割りに、声は凄い優しくて、倉持なりの優しさが伝わってくる。
きっと御幸の居るクラスから私を無理矢理引っ張ってきたのも、御幸に私が風邪気味だって嘘を吐いたのも、倉持が気を使ってくれたから。全部倉持の優しさだ。
胸が苦しくて、もやもやしてた塊もじわじわ暖かくなって今度は違う意味で胸が苦しい。
喉が熱くなって、目頭も熱くて、私は泣いた。
「っ、あ、のね、好きだったの、ずっと、だいすきだったの……っ」
「……おう。」
倉持が相槌をしながら私の頭を自分の胸板に引き寄せる。
それに抵抗しないで頭を預けた私は、そっと倉持の背中に手を回した。
私は、今、最低なことをしようとしている、倉持の優しさに縋って、悲しさを紛らわすために。
倉持は泣きじゃくる私の頭をひたすら優しく撫でながら悪魔のように囁いた。
「俺に、しろよ。」
耳元で低く囁かれ、ぞわぞわと身体が震えた。
「山田」
心の隙間に倉持の甘い言葉が刺さる。
頭の中で赤信号がチカチカと光り、ダメだと脳が申告している。それでも私は、今はこの甘さに浸っていたい。
耳元にかかる倉持の吐く息が熱くて熱くて、くらくらする。
「…山田」
もう一度名前を呼ばれ、私は小さく頷いた。
曇っていた空からは大粒の雨が降ってきて私達を冷たく濡らしはじめた。
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