小さな はんこう
十二時五分前、かれこれ三十分近く時計と睨めっこをしている金髪の青年は焦っていた。普段待ち合わせに早く着いているのは彼女の方だ。三十分、早ければ一時間近くもにこにこと金造を待っている。
勿論金造としてはそんなに長い間彼女を一人にするのは心配で心配で堪らない。彼女は、しえみはどこか抜けていて純粋だから誰かに騙されたりするんじゃないか。嫌な予想が目に浮かんだ。
「あ、金造さん」
やや間の抜けた声に忠犬のように反応すれば待っていたしえみが笑っていた。普段はこれといった装飾のない髪に可愛らしいピンがついている。和を彷彿とさせる彼女にしては、珍しく洋風テイストだ。
「おう。髪飾り似合っとるな」
外見のせいで軽い印象を持たれがちだが金造は滅多に女子を褒めない。単純に気がついていないだけなのだが、しえみのことは何故かよく気がついた。
ありがとうございます、と少しはにかんでからしえみは遅れた事を謝罪する。元来おおらかな金造も大して気にしなかったが、何の気はなし理由を聞いてみる。
「雪ちゃんが出掛けるなら、って服とかピンとかコーディネートしてくれて」
着替えてたら遅くなっちゃって、嬉しげに語るしえみとは対象的に、一気に金造の心中は穏やかでなくなる。
しえみのセコムの片割れである 雪ちゃん とやらは自己主張が激しいらしい。折角のデートだというのに。さっきは可愛いと褒めたピンが急に憎らしくなって手を伸ばした。繊細な細工が施された悔しいがしえみによく似合っている。
「交換や。俺がこれつけるわ」
髪を抑えていた安っぽい黒いピンを痛くないように金色のふわふわの髪につける。擽ったそうに笑うしえみに満足して掌のピンをそっと髪につける。明らかに女物であるそれはごつい男がつけるには些か、いやかなり違和感があるが気にしない。雪ちゃん、には悪いが俺のピン見て歯ぎしりでもすればいいのだ。黒いピンが金色の中で目立っていて持ち物に名前を書く子供みたいな気分だ。いっそのこと、今度しえみに服をプレゼントしよう。喜ぶ顔が目に浮かんで、とりあえず彼女の手をとって今日の目的地に向かって歩き出した。
(子供みたいな反抗は青年Kの犯行です)
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