扉一枚


 雪ちゃんは、私の憧れ。
 ずっとずっとそう思っていた。
 初めて会った時から内気な私と話しづらそうな顔一つせずに接してくれる優しさ。自分の信念のために文字通り血の滲むような努力ができる誠実さ。そういう部分に惹かれているのだと、憧れて、目標にしているのだと、今の今まで私はそう思っていた。
 

 ――現実はどうだ。
 霧隠先生と二人でいるところを見ているだけで、こんなにも胸が苦しい。
 見ちゃダメだ。二人が、個人的に話しているところを盗み見するなんてしちゃいけないから、早くここから立ち去らないと。そうは願っても根が生えたように両足は動かない。扉の隙間から覗ける二人の普段とは違う姿に目を奪われている。雪ちゃんの眼鏡の奥の瞳がこれ以上ないってくらい優しい光をたたえている。その様子を見るだけで胸が刺されたみたいだ。

 やめて。私の雪ちゃんを取らないで。
 自分勝手な気持ちばかりが思考を蝕む。雪ちゃんは私のじゃない。誰のものでもなく雪ちゃんは雪ちゃん自身のものだ。
 ……その雪ちゃんが霧隠先生と楽しげに話すなら私はそれを喜ばなくちゃいけないのに。祓魔師として、重圧に耐える雪ちゃんの逃げ道を私は。

 暗澹とした思いとは対照的な透明な雫が頬を伝いおちる。憧れで済ましておきたかった。一番は自分だと錯覚していたかった。どうしようもない位の現実と向き合いたくなんてなかったよ。
 眩しい。二人が話す部屋の明かりが堪えようもなく眼球を刺激する。私とは違う、向き合う強さを持ったヒト。耐え切れなくて、見たくなくて目を逸らす私とは違うヒト。

 彼女たちと私の前には薄い木の扉が、どうしようもなく分厚い壁みたいに立ちふさがっていた。

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