振り向いたその先に

 その日、珍しく雪男は不機嫌を露にしていた。歴代最年少で祓魔師となった少年は双子の兄と違い、感情をむき出しにする事は少ない。それが良いことなのか否かの議論はさて置き、彼が周囲に判る程不機嫌になる事はほとんど無かった。故に雪男の周りには若干の距離が置かれる事となる。普段なら愛想が良い雪男にあれもこれもと世話を焼く同僚も、今回ばかりは触らぬ神に祟りなしと言いたげに無言で仕事をこなしていた。

「どうしたのかにゃー?」

 しかし、堅い雰囲気を崩すおちゃらけた声が雪男の視界を阻む。内心冷や汗をかく同僚達とは対照的に心の底から楽しそうな目立つ髪色の女性、霧隠シュラはいつものように雪男にちょっかいをかけ始める。
 彼女にとって雪男は年の離れた弟のような存在であり、彼女の持論では弟は姉がいい様に振り回していいという半ば暴論のような理論が展開されていた。

「……どうもしませんよ」

 仕事の邪魔なんですけど。嫌味ったぷりに雪男がキーボードを叩き続けながら言う。視線はシュラのにやにやと嫌な笑いを浮かべる顔に向けず白いディスプレイだけを凝視していた。
 そんなだから眼鏡なんかかけてんだよ、とシュラは一人ごちる。無論声には出さない。

「あらら、反抗期か。ビリーも一丁前になったなぁ!」

 わざと雪男の少し短めの髪をわしゃわしゃと撫でるシュラ。雪男の額に青筋が浮かんだと思った次の瞬間、いつもより低めの雪男の沸点が限界に達した。
 低い、思わず身の毛がよだつ声で雪男が唸る。

「うるせぇんだよ……ッ。誰のせいでイライラしてると思ってんだ」

 怒りはしていてもどこかに理性が残っているらしく、戦々恐々とする同僚達には聞こえないギリギリの音量。それでも雪男が怒っているのはシュラに理解できた。怒っている理由も、本当は理解しているのだけれども。ぎらぎらと鋭い雪男の眼光にどこか獅郎の面影を感じて、心臓が跳ねる。育ての親とは此処まで影響するのかと変なところで感心した。
 こうやって一々雪男と獅郎と重ねる度に、彼の眉間がまた深く刻まれる。昼休みにからかったばかりだが、楽しいもんは楽しいから仕方がないのだ。

「さぁー? 燐と違ってお前はわかり辛いんだよなー」

 神経を逆撫でにするような声で挑発を続けるのは最早言葉に出来ない感情がシュラの中で大きくなっているからだ。最初はただ雪男が冷静な雪男が焦る様を見るのが純粋に楽しかった。次に、大人になった雪男に獅郎の面影を見るようになった。表面的な部分では燐の方が似ているのに深層的な部分では驚くほど雪男は獅郎と似ている。
 それがまたシュラの胸の奥底の淡い憧れを刺激するのだ。それに雪男が苛立っている事は知っているが。

 そろそろ最高潮に達した苛立ちをどこにぶつけるでもなく雪男は無言でシュラの手を掴んだ。優しげな見た目とそぐわないしっかりした筋肉質の腕にまたシュラはもういない彼の人を想像する。これ以上ないくらい皺を寄せた雪男が手を掴んだままシュラを引き寄せた。
 えっ、と思うまもなく簡単に寄せられる唇。少し乾燥したそれが触れてから離れるまでシュラは呆然と為されるがままになっていた。

「僕だって、神父さんを越えるんですからね」

 満足げに呟いて仕事に戻る雪男。

 お前、ここ職場なんだけどとか、ビリーのくせにとか、色々な言葉がシュラの頭を駆け巡ったが出てきたのはたった一言だった。




「……思春期かにゃー」

 弟と侮っていた少年の成長を、シュラはまだ認めたくない。





 

[ 9/77 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -