My Friend


 あの頃と何にも変わらない夕日が地面に俺たちの影を伸ばしていた。並んだ自転車の距離は、遠くない。だけど、確かに距離があって。夏休みももう終わる。横を歩いていた神木が息をつく音が聞こえるくらい、静か。蜩の声が煩いくらいいつも聞こえるのに今日に限って路地裏の道は音がせえへん。心地よい、涼しい風が足をくすぐった。
 この感情はおかしい。さみしい、だなんて。女々しい。夏休みが終わっても、学校や塾で会えるやないか。そう頭では理解できているのに、どうしても身体が言う事を聞かなくて、今日は少し遠回りをしよう。


 何がいけなかったんだろう。精一杯優しく触れたつもりだった。楽しく、少なくとも俺は一緒に居てずっと楽しかった。本音が零せなくて格好つけた事もあったけれど、それでも。俺は。神木のことがとてもとても大切でこれからもずっと一緒がよかった。友達とかじゃなくて、もっと近い存在でありたかった。

 神木から別れを切り出されてからもう何ヶ月がたつだろう。半年近くか、それ以上か。それだけの時間をかけたのにまだ未練が心のうちで燻っていた。夏が終わる、焦燥感のようなものが俺の口から言葉になって神木に届いてしまいそうだ。隣を歩く神木は少しだけ笑っているみたいだった。その横顔に手を伸ばそうとする。がしゃんと大きな音を立てて自転車が転がった。

「馬鹿。何やってんのよ」

 呆れた神木の声。フラッシュバック。最後にキスした部屋の、照れたような彼女の顔。不意打ちに弱い彼女が言う文句すら可愛くて抱きしめた。一年もたっていないのに、遠い昔の事のように思えたのは流されてしまったせいか。
 今でも、神木が好きだ。
 大丈夫だと自分でも無愛想だと思う声で告げて自転車をもう一度押し始める。彼女にとってもう俺は友達だ。神木の幸せを願うなら友達としていてやるべきだ。そんなの、もうわかっている。

 軋んだ自転車の音が重なる。ぽつりぽつりと語り始める神木。相槌を打ちながら、ああもう終わっているんだと改めて実感する。こんな、相手の機微がわかる大人になりたくなかった。無鉄砲に言葉に出来る子供のままでいたかった。もう夕日なんかとっくに沈んで、星の綺麗な夜が降りてくる。随分と遠回りをした。
 もう恋人じゃないから、楽しげに笑う彼女が話す人に嫉妬も出来ない。友達。こんなにも重たい意味を持つなんて、初めて知った。

 どこかで、花火が上がる。いつか一緒に見た花火もこれと変わらないくらいだったろうに、今は凄く色あせてみえる。腹に響く大きな音に掻き消される音量で溢れ出した気持ちを告げよう。届かなくていい。誰にも聞こえなくていい。自転車を止めて、最後の告白をする。

「好きや。友達やなくて男として」

 陳腐なラブソング。
 聞こえなかったはずなのに、神木がこっちを見るから思わず視線がかち合う。吸い込まれそうな瞳に今でも変わらず心臓が跳ね上がる。

「勝呂」

 あかん。涙が出る。たかだか名前を呼ばれただけなのに、嬉しくて、泣きそうだ。このまま二人でどこか行けたなら。妄想とは裏腹にもう分かれ道は近い。細い道の続く先は分かれているのだ。夜空を見上げれば夏の第三角形とやらが燦然と輝いていた。誤魔化すために見上げた星に、また溢れてくるものがあって慌てて下を向く。もうこの関係は壊せない。友達としても一緒にいられなくなってしまうなら、俺は。

「さいなら、神木」

 言葉になんて出来ない。今でも神木が好きだ。大好きだ。だけれど君の幸せを願うから、ここでさよならだ。
 
「ばいばい」

 手を振った神木は、あの頃と変わらない顔で笑った。






SCANDALのさよならMy Friendより


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