ストックホルムの夜
・パラレル
・大分キャラ捏造
ガラスの砕ける音と、自棄になったような男の野太い声。最悪な二十歳の誕生日の始まりだった。
「お前らは、人質や。勝手な事したらわかっとるやんな?」
最初と違い、存外冷静な声で男は告げた。大きな身体、パーカーで隠されているが鍛えられている。大学でサークル活動くらいしかしていない私には到底敵わない。そんな結論が出て、一先ず言うこと聞く事にした。強制的に言うことを聞かされるなんて大嫌いだけど、今は自分だけじゃなく杜山しえみもいる。冷たくしても一方的に慕ってくる彼女を巻き込むだなんて真似をするのはなんだか癪だった。
「はっ。あんたも弱虫ね。こんな女二人のサークルを狙うなんて」
出雲ちゃん。
しえみがおろおろと挑発を止めるように耳打ちする。いいのだ。彼の意識が私に逸れればもう片方は裏口から出られるかもしれない。特徴的な金髪とたくさんのピアス。目つきの悪い人相の男は到底賢そうに見えなかった。
「うっさいわ! 俺は、寺を、親父をめちゃくちゃにした奴を殺すんや! 弱虫なんかやない!」
ほら、そうやって物に八つ当たり。苛々と目に見える形で威嚇をする彼を怖いとは思わなかった。むしろ馬鹿みたいだと思う。彼の手に握られているナイフがこちらにあれば、なんとでもなるのに。残念ながら形勢を逆転する武器は部屋にないし、扉は彼の方。朝になれば誰かが気づいてくれるだろうが人質、まぁ私たちがいる限りは強制的に突入するのは無理だろう。
暫くはこのむかつく男といなければならない。寺とか親父だとか、あんたの都合なんて知らないわよ。これ以上刺激したくはないから口の中で呟く。大体、あんたの寺と親父とこの大学が何の関係があるのよ。
しえみが、私の口を押さえた時には遅かった。どうやら呟き声はあちらにまで聞こえていたらしい。三白眼がこちらを食い入るように見つめている。じんわりと嫌な汗が肌を滑るが今更何を言っても言い訳にしかならないから黙って睨み返す。しえみが小さく悲鳴を漏らした。
「……ここの学校長、メフィストやろ」
長い沈黙の後、告げた男の表情はとても苦々しげだった。言ったことは理解出来たからそうだけど、と返事をすればまたも歪む顔。苦しくて苦しくて痛そうな笑いが漏れた。
「そいつが、俺の親父を殺したんや」
息を呑んだ音が後ろから聞こえた。私も言葉になんか出来なかった。お金だとか、逆恨みだとか下らない理由かと思っていた。彼の言葉が嘘ではない証拠なんてどこにもないけれど、こいつは嘘を言ってない。普段は信じない勘のようなものが私にそう告げていた。
午前二時、なぜだかしえみが全員にコーヒーを淹れた。
ぽつりぽつりと、本当に少しずつ男は話をした。名前は勝呂竜士、年は偶然にも同い年。ここ京都は地元であること、実家は少し前までは有名なお寺だったこと。
……彼の両親が不審な事故死を遂げたこと。
仲が良かったらしい二人を男、いや勝呂が好いていたことは話しぶりからなんとなく分かった。それだけじゃなくとても熱い人間であることも。家族三人と分家で平和に過ごす日々が大好きだったことも。
長い時間、勝呂の幼少期の思い出を聞いていた。同情もあったし、やることもなくピリピリした空気で過ごすよりはマシだという思いもあった。しかし時間が経てばたつほど勝呂の話にのめり込んでいった。学長であるメフィストが裏で手を引いていた分かった時勝呂の中に湧き上がった怒りでさえ、私たちは共有した。しえみは泣いた。私は歯をかみ締めた。
「巻き込んですまん」
今更何を、と言おうと思った自分を馬鹿だと思う。勝呂は加害者で私たちは被害者だ。幾ら同情できる話であるからといって彼のした事、これからしようとしている事は許されるべきではない。気持ちとは正反対に清々しく差し込んできた朝日が勝呂と私たちとを分ける。たった少しの距離が、断絶された絶壁のように溝になっていた。
「あんた、これからどうするの」
止めなさいよ、今ならおふざけで済まされるわ。言いかけた台詞はとても口の端に上らせられなかった。あれほど、覚悟を持った上で勝呂はメフィストと対峙しようとしている。警察だってきっとメフィストの味方だろう。一番最初に彼が話をした時に門前払いをくらったのだから。よくて相打ち、悪ければ一方的に社会的にも抹殺される。凶悪犯として一ヶ月程世間を騒がせ、忘れられる。誰も勝呂の過去だとか動機だとか適当に捏造されたものしか興味を持たない。それが、堪らなく悔しかった。
「どうもこうも、ここまできたらやるしかないやろ」
「勝呂君……」
「ほんま、あんたらには迷惑かけたわ」
遠くでサイレンの音が聞こえる。大方割れた窓ガラスを見た誰かが通報したのね。諦めたような顔でくしゃりと顔を崩す勝呂が本当に死んでしまいそうで嫌だった。衝動的にえらそうな台詞がこぼれる。
「私、今日誕生日だから。ちなみにチョコレートとか甘いもの、結構好きよ」
「は?」
「え?」
しえみも勝呂も馬鹿面してんじゃないわよ。意味が伝わらなかったらしく、ぽかんとする二人に対して自分が間抜けみたいで恥ずかしい。
「だーかーら、プレゼントあげさせてあげてもいいわよ?」
「い、出雲ちゃん……」
「お前、えらっそうやな」
そうよ、あんたち笑った方がいいわ。今度三人で会うときはこんなんじゃなくてもっとゆっくり遊びたいじゃない。そしたら朴も呼んで四人でもいいわ。何たって、こんな終わり方は絶対嫌なんだから。
「おん。約束や」
今度は近くで甲高いサイレンが鳴った。
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