優しい虚像

 雪男が出雲に触れる時は何時だって優しかった。硝子細工に触るよりも繊細に、触れている箇所がまるで脆い砂の城であるかのように。見た目よりも硬い指で慈しむような手つきで出雲の柔肌や髪に口づける。愛情表現であると錯覚してしまいそうになるくらい、雪男は優しく彼女を扱った。



「出雲さん」

 付き合い始めてから初めて呼ばれるようになった名前に違和感を隠せなくて、でも嫌なわけじゃなくて。どうしようもなくなってつんけんした態度をとってしまう。自分から告白したくせにそういう事をやってしまう自分は好きじゃなかった。以前の出雲が見たら目標を見失って現状に甘んじる自分を何と罵倒するだろうか。顔をよせてきた雪男の石鹸の匂いに包まれて思考が遠ざかる。清潔に保たれた生活臭がしない白いシャツに指を這わせても、皺一つないそれに掴み所はない。
 それでも私はこの、潔癖な匂いが好きだ。

「雪男」

 身長が釣り合わないから背伸びしてあなたに抱き締められるの。呼び捨てにしてみても縋るみたいな声しか出ない。あの人ならこんな無理しなくていいのに。ちらつく面影に諦めたはずの独占欲が渦巻く。彼が誰を想っているかなんてよく分かっている。最初からそれでいいと、代替でいいと言ったのは紛れもない自分だ。思いを告げた時の雪男の驚いた顔がありありと思い出されて、意識もされていなかった自分が惨めで。それでももっと惨めな代わりでいいなんて言葉が口から漏れたのは初めての恋心のせいだ。惨めでも馬鹿みたいでも、報われない片想いを続ける彼に漬け込んだのは、やっぱり自分の気持ちが報われないと理解していたからだ。

 名前を呼べばぴくりと肩を震わせられて、呼びづらいそれをごく自然に呼ぶ人物の闊達な動きが瞼の裏に再現される。少しでも近づきたくて、何度も何度も見つめた彼女の。
 ストレートな言動、祓魔師としての実力。雪男の一番大変な時期を、分かりづらいとはいえ支えていた優しさ。どれも私には無いものでいくら欲しがったって手に入れられるはずがなかった。仮に私が持っていたとしても、彼が見るのはきっと。


「好きですよ」


 微笑んで告げる雪男はずるい。本当は、私じゃなくて。
それが誰に向けた言葉かなんて、私にはとっくに分かってしまっていた。



[ 32/77 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -