おねだり

 珍しくぴとり、とくっつくように背中に暖かい感触を広がらせ神木は言葉もなく座り込んだ。大学進学と同時に同棲を始めもう一年がたつ。最初はぎこちなかった生活のリズムも今はお互いのペースを保てるようになって久しい。そして、時たまではあるがこうして神木が甘えてくることも珍しい事ではなくなった。本人に言えば頑として認めないだろうが伸ばした綺麗な髪と柔らかな肌を押し付けてくる時の彼女は滅法可愛い。普段も可愛いのだけれど、なんて自分も以前よりは素直になったと思う。

 かりかりと自分だけが書き物に集中するのも珍しくはない。神木とは散々話し合った末、別の大学を選んでいたから評価のされ方が違う。故にこうやって俺だけがレポート、また神木だけがレポート、なんてシチュエーションも日常の一つではある。つまらないなんて愚痴を言うように神木が背もたれによりかかるみたいにしてくるのも。
彼女が無表情ではいられないくらい愛しくて思わず間抜けな笑いを漏らす。


「……何よ」

「何もあらへんわ」

 神木は猫のように顔をすりつけて、ほそっこい指を俺の身体に回す。自覚があるのかないのか。何でこんなこいつ可愛えねん。常人よりは強いと自負している理性で寺の次代当主に相応しからぬ煩悩を抑え込む。煩悩退散。彼女と付き合ってからどんどんと増える自分の欲が増えるのが怖かった。抑えが効かなくなって、いつか彼女にぶつけてしまうのではないか。それが一番怖い。……黙って俺の欲望とも言える願望を叶えてくれる甘い神木ではないけれど。

 昔飼っていた猫を撫でるような感覚で彼女の相手を左手でしながら右手でレポートの結論に差し掛かる。これさえ提出すれば講義の単位は完璧だ。他の授業の出席やテストはそれなりにというか平均以上には頑張ったつもりであるから本当の本当にこれでラスト。ここ一カ月ほど神木の相手をしてやれなかったのに口では不平を漏らすけれど我慢してくれた恋人と幸せな、というか志摩のイメージカラーみたいな時間を過ごせると思うと少しペンが急いだ。いや別に志摩が嫌いな訳でも特別この時間が嫌いなわけでも無いけれど。恋人と甘い一時を過ごしたいだなんて以前の俺たちでは考えられない。

 前髪を上げていたピンを触りながら彼女が呟く。最早恒例となったこのおねだりは俺自身の楽しみにさえなっていた。


「私、美味しいものが食べたいんだけど」

「おん」

「あー、新しく出来たショッピングモールにも連れてってほしいわ」

「わぁったわ」

「ついでにそこで映画見たいかも」

「おう」

「飛びっきりロマンチックなやつね」

「お、おん」

 続けざまに小さなお願いを並べて満足げに笑う神木。この時の顔がいっちゃん可愛い。少なくとも誰にも見せたくないくらいには。なんてしょっぼい独占欲。


「……あんたの一日頂戴」

 とても可愛い彼女のお願いに、俺のこれからは全部お前のもんやなんて恥ずかしい台詞はまだ少し返せないみたいだった。




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