恋は盲目



 出雲ちゃんが俺と暮らすようになって、四年とちょっと。最初は二人とも色々と大変だったが今はもう慣れた。何より俺は大好きな彼女と暮らせるようになれて本当に幸せだった。結局祓魔師になったのは俺だけで出雲ちゃんは仕事にはつかずにまるで奥さんのように俺の世話をやいてくれる。仕事から帰ったら出雲ちゃんが部屋で待っていてくれる。たったそれだけの生活が、何よりも嬉しかった。

「たやいま」

「お帰り。あんたの好きなから揚げ、今日はたくさん作っといたから」

「ホンマに? ありがとお」

 はいはい、なんて軽く流してるように見えて結んだ耳が赤く染まっているんだから本当に出雲ちゃんは可愛い。前より低くなった声で好きやでと呟く。軽い、だなんて怒られたばかりだけれど抱きついて思いっきり抱きしめれば形だけの抵抗にあった。四年という月日は大きくて、当初は少し触れただけでも、それこそ一瞬即発の空気になったのに今は大人しく腕の中に納まってくれている。
 そこまでやってシャンプーのいい匂いがして、自分が汗くさかったことに気がついた。あかん、お風呂入ってこな。

「先入らせてもろうてもええか?」

 二つ返事で頷かれてさっさとしなさいよ、と背中で声を受ける。あーいと中途半端な言葉を返してお風呂場に急いだ。
 汗を吸った制服を脱ぎ捨て、ぐちゃぐちゃにしたまま洗濯機の中に放り込む。汚いって怒られるかな。まぁ、結局は許してくれるやろなんて甘い結論を出してシャワーをあびる。温めのお湯が汗とかを流していってすごく気持ちがいい。任務終わりのシャワーは出雲ちゃんの次の次の次あたりには好きかもしれない。完全惚気やな。セルフツッコミを成立させて体と頭を洗う。今日は別に湯船につからなくてもいいだろう。別段寒いわけでもないし、早くから揚げを食べたい。出雲ちゃんが作ったから揚げは絶品で、坊たちにも食べさせてやりたかった。
 そう言えば、もう何年もあってない。明陀の跡継ぎの坊と子猫さんはともかく俺は志摩家の五男坊だからすっかり京都には寄り付いていなかった。今度、挨拶くらいはいってもええか。鼻歌交じりに決定してシャワーを止める。きゅっと気持ちの良い締りで水が止まった。


「あがったえー」

 すっかり調子よくなって風呂から出れば台所に出雲ちゃんが倒れこんでいた。ゼーゼーと荒い呼吸を繰り返して形のよい唇からよだれをこぼしている。

 不味い、発作や。久しぶりの症状にどこに薬を置いたかなんて考えながら彼女に駆け寄る。

「大丈夫か? 今、薬もって来るか落ち着いてや」

 引き出しにいれっぱだった薬を口に押し込んで背中を撫でてやる。こうして出雲ちゃんが喘息のような発作を起こすのは初めてではなかった。初めてではなかったがもう前の発作は結構昔だったから油断していた。彼女にとってはトラウマは日常の至るところに潜んでいる罠のようなものなのに。暢気に彼女から目を離した自分が情けない。

「はーッ、……っ、あっ。ケホッ!! ぅあ、っ」

 気管支にものを詰まらせないように苦しそうに咳き込む出雲ちゃんを撫でてやることくらいしか自分には出来ない。塗ったあげたマニキュアをそのままにしている指でしっかりと俺の服の裾を掴みながら出雲ちゃんはどうにか呼吸を整えようとしている。
 暫くして口の端を拭い、俺に笑いかけた出雲ちゃんはいつもの彼女だった。

「心配かけてごめん。ご飯冷めたわよね」

「気にせんといて。それより、大丈夫?」

「うん。さ、早くご飯食べましょ」

 同居し始めてから丸くなった彼女は滅多に激情をぶつけることがなくなった。その代わりこうして自分が辛い時も無理をするようになった。それが堪らなく悔しくて、でもこれ以上は彼女を傷つけてしまうから踏み込めない。まるでここまでが限界なのだと予め線引きがなされているようで。深呼吸をする出雲ちゃんに歯噛みする。俺に頼ってくれればいいのに。


 ……なんのために、出雲ちゃんの瞳を潰したと思ってるや。声には出さずに呟く。
 四年前、悪魔の襲撃にあわせて暗闇で彼女の目を使い物にならなくしたのは紛れもなく俺自身だった。そのおかげで今では出雲ちゃんの目は僅かに光を感じ取れるくらいにしか機能しない。
 彼女が、出雲ちゃんが余所見ばかりするから。付き合っていたわけではないけれど、彼女のことを一番好きなのは俺だった。だから出雲ちゃんも俺を好きになるべきなのに坊のことばかり目で追う彼女が気に食わなくて。
 絶叫と飛び散った血の感触を今でも覚えている。生ぬるい、彼女の血。それが顔について、彼女の絶叫が耳を満たしたままで。ぞくぞくするあの記憶は俺には歓喜をもたらし、出雲ちゃんには絶望をもたらした。
 あまりのショックと直前に少し視界が確保されていたおかげで出雲ちゃんにはいくつかトラウマが残ってしまっている。時たまフラッシュバックするせいで過呼吸になってしまうし、出雲ちゃんという呼び方も禁句だ。というより俺にまつわる記憶が琴線に触れるらしくあまり前の記憶を刺激するような事もよくないらしい。軽い記憶障害を起こした出雲ちゃんを介護の目的で軟禁して、あまりの計画通りさに笑みすら覚えた俺には関係ない話だが。
 俺にまつわる記憶が駄目なら誰にも俺の名前を呼ばせなければいい。どうせ姿は見えていないのだし、以前はやったことがなかったから抱きしめたって感触なんてわからない。唯一の難点は声だが声帯を少し傷つければ自分の声なんて簡単に変わった。

 全て捨てて、出雲ちゃんと二人きり。これこそが俺の望んでいた世界で、最早俺に依存して俺なしでは生きていけなくした出雲ちゃんとずっと二人でいることが永遠の幸せだった。




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