不器用な大人


 難儀な性格だ、と思う。本当は人一倍寂しがりなくせに、甘えるのが下手で意地を張って。虚勢を張っては自ら落ち込んでいる姿を見るとどうしようもなく抱きしめたくなってしまう。彼女の本来の性格を皆に知って欲しいと思う。友人に囲まれて幸せそうに目元を緩ませている彼女を見てみたい。

 だけれど。
 自分の腕の中でしゃくりあげている蝮を、到底他の人間に見せるなんて出来そうになかった。嗚咽を漏らすのに辛いとも悲しいとも言わない蝮を、小さな箱にでもいれて守ってやりたい。誇り高い蝮はそんなこと望まないのはわかっているけれど、これ以上蝮が傷つけられるのは許容できなかった。

「お前はもっと周りに頼れや」

 俺に、だなんて言葉は飲み込んで。潤んだ瞳と熱をもった頬がこちらを見上げてきて思わず抱きしめた腕の力を強くする。逃げなんてしないのに、逃がしたくない。
 わなわなと唇を震わせて蝮がもらしたのはやはり言葉にならない音だった。どうしよもなく不器用な彼女を構成するプライドというものが彼女と俺との間に挟まっていて、こんなに近くにいて抱きしめてさえいるのに届かない。
 己の無力さと蝮の辛抱強さに嫌気がさした。どうしてこんなに溜め込んでしまうんだろうか。跡取りといえど一人の人間なのに。愚直なまでに責任感の強い蝮は高校を卒業したあたりから弱音といいものを殆ど吐かなくなった。そんなに辛いなら何かを捨ててしまえばいいのに蝮は全てを持ったままで生きている。重たい荷物と寂しさを背負いながら陰ながら努力して生きている。

 辛い。悲しい。助けて。逃げたい。

 以前はぽつりぽつりと零してくれていた感情も隠されてしまって。こうやって時たま、本当に唐突に爆発する時以外は誰にも告げずに一人黙々と仕事をこなすようになってしまった。
 出張所や明陀の連中にも蝮は“一人が好き”というイメージで通っている。違う、声に出して叫びたい。蝮は一人が好きなんじゃなくて誰かを巻き込みたくないだけだ。真実を叫ぼうとする心は当の本人の制止によって止められる。弱みを見せたくない彼女だから、そんな事を言ってしまえば蝮のプライドを傷つけてしまう。プライドといえば聞こえはいいが虚栄と意地の塊だとも思う。しかしそんな台詞が一番蝮を冒涜して傷つけるのだから言葉になんて出来る筈がない。

 そっと目を伏せた蝮が無自覚にまわした手が背中に弱々しく存在を主張してきて、濡れた瞳ごと顔が胸のあたりに押し付けられる。冷やっこい体温が俺の高めの体温で暖められればいいと思う。気休めでも彼女の支えになれるなら、それでいい。

「……お申」

 震える声で呼ばれた不名誉な名に、今は大して腹はたたなかった。蛇と同じ色の髪を梳くように頭を撫でれば小さく声を漏らされる。

「なんや」

「お申は、辛いことがあったらどうするん?」

 答えに、詰まる。
 辛いことだなんて生きていれば何度かは経験する。その都度見合った解決策を見出して解消していくが、立ち止まってしまった時は俺は全て忘れることにしていた。
 大切な何かも丸めて忘れて。
 そんな答えは蝮が求めているものとは違うことは知っていたから答える言葉は見つからなかった。
 何も言えずに黙り込んでいたら触れていた手をやんわりと退かされる。まわした腕も押し付けられた身体もあっという間に離されて、蝮は涙をふいた。赤くなってしまっている目元に似合わない笑顔を浮かべ、困ったように眉根を寄せた。

「私はな、もう大人なんや。これで最後にせなあかんの」

 これっきりやで、お申に借り作るの。
 そう言って泣き笑いするもんだからもうどうしようも出来なくて。

 これ以上溜め込んでどうするんだと怒鳴りつけたかった。もっと頼れと言ったばかりだと呆れてしまいたかった。そんなに多くの荷物を持って生きるのは大変だと忠告してしまいたかった。それでもきっと彼女は要領よく生きるなんて出来ないからまた困ったように笑うんだろう。一人が好きなふりをして周りを遠ざけて、こっそり泣いて。これまでは隣で泣いてくれたのに、今度からは言葉通り蝮は俺の前でも泣かなくなる。

 彼女のいう大人の定義が何かは分からない。でも頑固な蝮が一度決めたことを曲げるとは思えないから、きっとこれからは蝮は誰といても弱いところを見せない。
 ……だから蝮の泣き顔を知っているのは俺だけだなんて歪な喜びを感じてしまった俺は、もう一度だけ愛しい人を抱きしめた。


[ 23/77 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -