消せない焔

 普段とは違う魔法陣を書いて、新しい使い魔を召喚しようと思ったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。杜山しえみは今人生最高のピンチに見舞われていた。

「なァ、お前弱そうなんだけど。本当にお前が俺を喚んだのか?」

 もくもくと煙をあげながら出てきたのは見るからに人のような悪魔だった。一般に悪魔は人型に化けられる程力が強いとされている。完全に人型を保ったまま出てきた黒髪の少年のような悪魔に、しえみは一層絶望の色を濃くした。一見すると人間だと本当に勘違いしてしまいそうになるが尖った耳と歯、そして何より先ほどから左右に振られている尻尾がそれを許さない。更にしえみを見つめてくる鋭い視線が彼が悪魔であることを証明していた。
 雪ちゃん助けて。内心で頼れる先生であり尊敬する人の名を叫んでも助けがくるわけもなく。覚悟を決めてジロジロとしえみを観察する悪魔と交流を測ってみる。

「あの、私、杜山しえみって言います。あなたは?」

 失敗だ。完全に失敗だ。顔から火が出るほど恥ずかしくてもう視線を逸らしてしまいたい。だがきょとんとした顔の彼から目が話せなくて真っ赤な顔のまま沈黙が続く。
 高位の悪魔である彼が暴れたら戦闘能力どころか身を守る術すらないしえみなどひとたまりもないのに今はそれよりもこの静けさがチクチクと身を苛んで居心地が悪い。

「あの……」

 沈黙に耐えられなくて発した一言に我に返ったらしい彼はガシガシと自身の直毛をかいた。心なしか照れて見えるのは自分の見間違いだろうか。悪魔の甘言に耳を貸してはならない。なんて訓練生であるしえみでも習う基礎的な祓魔学の知識ではあるけれど、しえみにはとても彼が演技でそんな仕草をしているようには見えなかった。むしろ純粋そうな初々しい反応に自分が祓魔塾に来た当初の事を重ねてしまって厚意さえ感じていた。
 ――最も、彼女が心内で助けを求めた雪男がいたのなら、それすら悪魔の術中に嵌っていると注意するだろうが。
 短時間で絆されてしまったしえみが注視している悪魔はしえみよりは大きい身体にふさふさの尻尾を巻きつけて、漸く口を開く。

「あー、燐だ。一応、炎を扱える」

 りん。
 綺麗な音の響きだとしえみは思った。そして本来の目的であった攻撃ができる使い魔の契約が出来そうな気配に、口元を綻ばせる。分かりやすく喜色を浮かべたしえみを見て燐もまたつられたように笑った。ちらりと見えた八重歯の鋭さに彼が悪魔なのだと、何故だかがっかりしているしえみがいた。

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