恋愛に良く似たそれは


「子供扱いはしないで下さいっ!」
 
 ピシャリと彼女はツリ目がちな目を最大限活用して言い切った。差し出したハンカチの行き場をなくして視線を泳がせる。確かに、口周りにソースがついているからといって拭こうとしたのはよくなかったかもしれない。先生と生徒とはいえ同い年の異性にそんなことをされたら女の子は嫌だろう。
頬を膨らせたままの神木さんに苦笑して頭を下げる。

「すみません、つい」

 普段ならこうまで女子に対してガードを緩くするというか一緒にいる事はないから、距離の測り方を間違えたようだ。しえみさんとは昔馴染みだから許されていただけの事。普通の女の子には失礼だったな。
 自分でも何故自然に手が動いてしまったのか分からないが、神木さんには構ってしまいたくなるような何かがあった。恋愛沙汰に疎い僕でさえ分かるくらいモテる彼女はとても可愛らしい外見をしていると思う。しかし、それが理由とはどうも思えない。そもそも女子全般が得意ではないからここまでガードが緩くなる事自体、珍しかった。人気の無さそうな教室に入った時に偶々彼女が一人でご飯を食べていて、朴さんと一緒じゃない事に興味を掻き立てられて。興味本位で前に腰を下ろした時の神木さんの顔は凄く可愛いと思った。勿論、彼女には言わなかったけれど。

「何、笑ってるんですか?」

 不審げに彼女が見返してきて初めて自分が頬を緩めていたことに気づく。お弁当を美味しそうに食べるから、こちらまで嬉しくなっていたようだ。

「お弁当、美味しそうに食べるんですね。まるで兄さんみたいですよ」

 あ。そうか。
 自分が言った台詞で気づく。神木さんはどことなく兄さんに似てるのか。疑問が氷解して自然と笑みがこぼれる。一生懸命で不器用なところも、実際は誰より優しいところも神木さんは兄さんに似ていた。

「なっ、なんで奥村なんかと!! 先生も奥村ですけど、あっちの奥村と一緒にされるのは余計嫌です!」

 あはは。嫌われてるなぁ兄さん。どこかでくしゃみをしてそうな兄に心の中で合唱する。兄さんが女運悪いのは今に始まったことではないけれど、ここまで露骨に言われてしまっては男としての面子というものがない。……と、内心思った僕が一番失礼なんだろうけど。
 神木さんのややここしい言葉に、丁度いい解決策を思いつく。簡単なことなのだけれど、自分でも良い提案だと思う。

「僕の事は、塾以外でしたら雪男で十分ですよ」

 塾では便宜上先生と呼んで貰わなければ困るけれど。別に普段の生活であれば下の名前で呼ばれても構わなかった。むしろ、同年代の友達というものがどうしても少なくなりがちだからどちらかというと歓迎したい。兄さんと当然同じ苗字だから、なんて理由が出来て言いやすい。

 断られたいやだな、なんてちょっとだけ女々しい考えと共に彼女を見つめればぷるぷると震えている。心なしか顔が赤いけれどどうしたんだろう。兄さんほどではないけれど自分も鈍いことは自覚しているので下手な事を言わないで黙って様子を伺う。小声で何か呟いたあと、神木さんはキッとこちら見上げてきた。潤んだ瞳に跳ね上がる心臓に文句を言いたい。馬鹿、特別なことなんてないのに期待なんかするな僕の心臓。それに僕は別に神木さんを恋愛的な意味で好きな訳じゃないのに勝手に反応するな。どくどくと急に活発になった心臓が痛い。

「別に、呼んだあげなくもないです! ごちそうさまでした!!」

 いつの間にか食べ終わっていたらしいお弁当を引っつかみ、走り去られる。大声を出されたせいで耳が痛い。だけれど、何はともあれ許可してくれたことが嬉しくて、内心ガッツポーズをとる。こんな事僕らしくないけれど、たまには年相応にはしゃいでみたいのだ。

 何故だかいつも以上に機嫌が上向きな自分に疑問を抱えつつ、漸く遅まきのお弁当に手をつけた。

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