なんてあなたは馬鹿なんだ

 あくまで祓魔師として、自分に言い訳をして彼女を庇ったはいいがかっこつけられるほどの余裕はなくなった。物理的な痛みが容赦なく身体を苛む。直撃した背中は、既に感覚が分からなくなっていた。そのくせ痛みと熱さだけはしっかりと伝えてくるのだから笑えない。

「……雪男」

馬鹿だろ。
 シュラさんが呟いた一言に今回ばかり全力で同意したい。こんな厄介な悪魔、シュラさんを囮にして一撃で祓うのが、多分一番正しい。だけれど彼女に攻撃があたりそうになった瞬間、彼女を突き飛ばして悪魔が吐いた粘液を背中に受けていた。焼けつくような、むしろ焼かれていないのが不思議なくらい熱いそれは、じわじわと身体に痺れを回しだした。麻痺系の毒を操る悪魔。事前に聞いていたが、自分が攻撃を実際にくらうなんて思っていなかった。神父さんなら考えが甘いと笑うのだろうか。戸惑いを含んだ彼女の顔が引きつる。ぼたぼたと赤い液体が、僕の血が滴り落ちる。
 無理矢理にでも庇ったお陰で目立った傷はなかった白い肌に、赤い汚れが散らされる。飛び散ったそれを拭う気力もなくてどうにかこうにかたち続ける。
 
「逃げて下さい」

 体制を立て直す為の合理的判断。得意な剣を特殊な粘膜で封印されてしまった彼女と痺れに支配されている僕。客観的に見て勝算は零だ。僕らはプロだから、何より一般人の安全を最優先しなければならない。幸い一般人は周りにいないがこいつの目の前から二人とも逃げ出せば誰を襲うかわかったもんじゃない。だからこそどちらかが応援を呼びにいくべきだった。それならばまだ余力があるシュラさんが行った方がいい。消耗しているとはいえ、僕だって暫くのつなぎの囮くらい出来るはずだ。
 シュラさんはわなわなと唇を震わせて何か言おうとした。大人ぶらなくていいから、早く逃げろよ。このままじゃ二人とも危ないのくらい、分からない人じゃないだろ。焦燥感だけが先走って、激痛に見舞われる身体が悲鳴をあげる。くぐもった声が勝手に口から零れていく。

 ……脳裏によぎった彼ならこんな時どうするのだろうか。僕より神父さんに似ていて、僕より神父さんに愛された彼なら。劣等感と痛みで心が折れそうになる。凡そ冷静とは程遠い思考のせいで身体のバランスを崩した。どさり。シュラさんを潰すギリギリのところで踏ん張ったものの、平均より大きな身体の震えは限界に近い事を知らせている。
 再度、激しい熱を持った物体が身体に直撃した。
 熱さと痛み。
 原始的ながら圧倒させられる苦痛。もう何故意識を保てるのか不思議なくらい被害を被っていた。未だに折れないでいられるのは自分の下にいる彼女を守りたいだなんて陳腐な願いのせい。痺れに犯されたまま、かろうじて笑う。


「悪い」

 眩しい光。
 突発的に視界を奪われ、身体をはね飛ばされる。転がった身体はもう動かせなかった。何が、なんてどうでもよくて。突然の閃光がシュラさんによるものだと気づいた時には既に彼女は詠唱を終えている。定まらない視界を余所にしっかりと役割を果たした耳は聞き覚えのある言葉を捕らえていた。シュラさんの足元に魔法円が現れる。
 諦めたような声音から何を諦めたの想像するのは容易い。止めようと動く体は一ミリたりとも動けていなくて腹ただしい。せめて声だけは制止の意志を伝えようと精一杯怒鳴った。

「シュラさんッッ!」

 誰が助けてくれと頼んだよ。転移なんて高位の魔術使える余裕なんか残ってないだろ。馬鹿だ、僕の事馬鹿にしてるくせに。一番の馬鹿はシュラさんじゃないか。僕なんか助けてどうすんだよ。お前を助けるために頑張ってた僕はなんなんだよ。無力で子供な自分が悔しくて、使い物にならなくなっているコートを握り締める。
 今更回復した視力が悪魔を捕らえ、苦しげに悶える様子を映した。強制的に虚無界に戻す魔法円がシュラさんを中心に展開する。咳き込んだシュラさんが赤黒い血を吐き出した。でも顔だけは少しいつもの顔に戻っていた。あの、人を喰ったような。待てよ。僕はまだ、あなたに言いたい事が。

 ひび割れた眼鏡越しに急速に歪んでいく世界に背を預けて、無意味だと分かってるけれど彼女に伸ばした手はまるっきり届かなかった。


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