彼女のヒーロー

人気が無いわけでは無いけれど活気も特にないファーストフード店に入り一番最初の金造が頼んだのが代名詞とも言えるハンバーガー。身体に悪いとは知りつつ、週に一度のこの習慣を止める気は更々ない。最早顔馴染みになったバイトの子に会釈していつもの指定席に座り込んだ。
暫くのらくらとハンバーガーを口に運んでいると午後八時を少し過ぎる。目立つ金髪のせいか、軽そうに見えて整った顔のせいか遠巻きに囁かれていた金造の隣に、しえみは腰かけた。

「すいません、遅れちゃって」

「気にせんといて。今来たばっかやし」

しえみの為に少し席を詰めると、彼女はほっと息をついてトレーを置いた。ポテト、ジュース、ハンバーガー。別に可笑しくない、むしろ普通の組み合わせなのだが、ついこの間まで学校にまで和服で来ていたという彼女が頼んだという事実が金造の目を細めさせた。嬉しいのはしえみが段々と広い世界の事を知っていく事だけではなく、それを教えているのが自分だということだ。

「そろそろこっちにも慣れてきたんちゃう? もう一年たつんやし」

「そうですね。この間久しぶりに燐たちにあった時とか、変わったなって言われちゃいました」

 ほこほこと報告してくるしえみに他意は全くないんだろう。しかし金造の胸にちくりと針がささる。
 燐君たちとあった? 俺聞いてへん。
 まるで子供のように頬を膨らませ、不平を口にしようとして金造は言葉に戸惑う。今までやきもちなんか焼いた事がなくて、いくら恋人とはいえまだ三ヶ月もたっていない自分が五年以上の関わりを持つ彼女の友人にまで口を出すのは憚られた。かっこ悪い、そんな見栄も手伝ってもごもごと口ごもる。

「金造さん?」

 相変わらず肩口で切り揃えた髪を揺らしてしえみは小首をかしげる。俗にいう天然である彼女には金造の微妙な感情が理解できない。しかし短い付き合いとは単純明快で明朗闊達な彼が口ごもるという事は余程言いづらいことであるという予想はついた。

「何か私、しました?」
 
 おろおろと食べかけのポテトを尻目に眉尻を下げるしえみに金造は一息つく。焦ってどうする。しえみを怖がらせるだけだし、言いたいことがあるなら言えばいい。伝わらないでもどかしい思いをするのはたくさんだ。

「なんもしてへんよ。ただちょっとやきもち焼いてしもた」

「やきもち?」

「おん。燐くん、えろう仲いいなって」

 燐くん、雪ちゃん。彼女の話には本当にこの二人が良く出てくる。金造自身もこの双子の事は知っていた。いや、祓魔師なら誰でもこの二人を知っている。魔神の息子達であり、世界の救世主。話したことはなくても彼女があまりに二人の話をするものだからいやに現実みを帯びているイメージは金造の頭に定着していった。燐くんは不器用だけど優しいやつ。雪ちゃんは冷静だけど誰かの為にずっと努力できるやつ。なんだか凄いライバルのようにみえて、いつも余裕が消えていく。しかも出会ったのは余裕で俺より前だというから余計にアドバンテージをとられていた。あくまで俺の中でなんやけど。

 女慣れしている自信があった。それなりに付き合ってきたつもりだったし、恋の駆け引きがどんなものかわかっていた。いや、わかっとるつもりやった。そんな自信を悉く打ち砕いたのが彼女だった。


「うん! 燐も雪ちゃんも大好きだよ!」

 ……きっついわぁ。
 怖ろしく笑顔で肯定された内容は友情だって分かってる。それでも彼氏の前で他の男を大好きだと言えるなんて。天然って怖ろしなぁ。
 金造は思わず自分の器が小さすぎるのではないかと悩んだが、目の前で可愛らしく笑う彼女の器が大きすぎるんだと気づく。器というより、そもそも彼女を普通の器で計ることが間違っとる。ぼんやりしてるようで鋭くて、一番痛いとこを何のためらいもなくついてくる癖にとても優しく他人に触れる。そんなアンバランスなところに俺は引かれたんや。
 惚れた方が負け、なんてよう言ったもんだと思う。

「そか。俺もしえみ大好きやで」

 悔しいけれどまだまだ彼女の心を俺で独占するには程遠い。でもいつかきっと独り占めしてみせるから、それまでは彼女が思うかっこいい俺でいさせや。彼女のヒーローは奥村君じゃなくて俺なんだ。

 そう一人ごちて金造は顔をくしゃくしゃにした。

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