ひかり

 ねぇ雪ちゃん。初めて会った日のこと覚えてる?
 
 とある午後の昼下がり、そう言ってしえみさんは穏やかな笑顔で話し始めた。太陽の光をきらきらと反射させる髪が眩しいんだと言い訳して、こっそり視線をずらす。何故だかまっすぐと彼女の顔を見れなかった。

「あの日ね、私の世界は変わったんだよ。私友達いなかったし、家にひきこもってばっかだったから同年代の男の人は雪ちゃんが初めてだったの」

 嬉しそうににこにこと笑っているものだからつられて嬉しくなってしまう。どうしたんだろう、普段はこんなに簡単に感情が上向きになるような人間じゃないのに。自分は最早めんどくさいくらいに現実主義者だと思っていたのに。しえみさんが話しているふわふわした話で可笑しいくらい楽しさを感じていた。理由がしえみさんが話しているからなのか、ただ単に話が聞きやすかったのかは分からない。ただもっと彼女の話が聞きたかった。
 学園内の人気の少ないベンチに並んで腰掛ながら、こんなおしゃべりをしたのは初めてだ。女の子、というものがえてしてあまり得意ではないけどシュラさんとしえみさんだけは例外だ。いや、シュラさんは別の意味で苦手なのだけれども。
 それてしまった自分の思考に溜息をつきつつ、しえみさんに曖昧に笑いかける。
 きらきらと、真っ直ぐとした瞳でしえみさんは口を動かした。


「雪ちゃんはね私に外の世界を教えてくれた初めての人なんだよ」

 それは違う、心の中の僕が意義を唱える。きっとしえみさんの世界を広げたのは兄さんだ。助言するだけでどうすることも出来なかった僕をあっさりと追い抜き兄さんはしえみさんに進むべき道を示した。小さい頃からそう。兄さんは回り道をしない。後がどうなるかとか、失敗したらなんて考えない。ある意味無鉄砲で、リスクを背負うそれはとても無責任でもあるけれど兄さんは誰かが泣いてれば必ず行動に移した。
 しえみさんは、出口を求めて泣いていたのに僕は何もできなかった。実際泣いてる姿を目にしたわけじゃない。でも確かに泣いていたのだ。

「僕はそんなすごくありませんよ」

 兄さんを守りたくて、僕の分まで運命を背負いこんでくれた兄さんを傷つかせないために祓魔師になったのに未だに僕は臆病だ。神父さんが死んで、現実を受け入れられなくて兄さんを傷つけた。身近にいたしえみさんの苦しみすら気づいてあげられなかった。そんな僕が、しえみさんの世界を広げたわけがない。兄さんの背中に守られていてばかりで、いつまでたっても臆病なまま。そんな自分が嫌で嫌で何時からか薄っぺらい笑い方をするようになった。悪魔を倒すために力を手に入れたはずなのに、そんな力を振るうことすら怖くて。

 臆病な僕より彼女は、自分が思うよりずっとずっと強い。

「ううん。燐も、神木さんも塾の皆も私の世界に色をつけてくれたんだけどね、一番最初に光をあててくれたのは雪ちゃんなの」

 そう例えるなら、彼女は比喩を交えながら楽しそうに続ける。

「何にも描けてなかった私のキャンパスにね、最初の最初、光を入れて全体を見せてくれたのが雪ちゃんなんだよ。雪ちゃんを見て、初めて私は自分がわかったの」

 普段の雲みたいな印象とは裏腹にしっかりとした言葉でしえみさんは言った。明るい青い目が綺麗に輝く。あんまりにもストレートにぶつけられるせいでどんどん顔に血が上っていく。
 彼女は人のいいところを見つけるのが昔から上手かった。誤解されがちな兄さんの優しいところも直ぐに見抜いたし、きっと塾の皆の良いところも誰よりも知っている。
 本当は、そんな彼女が一番優しいと僕は思っているのだけれども。
 

「……そんな事、言いすぎですよ」

 上手く言葉が紡げない。大人たちの下心がある賛辞じゃなくて純粋な無垢な褒め言葉をかけられたのは久しぶりだった。僕の目を見て、僕の視線の高さで僕を褒めてくれた人はもういないから。きゅっと縮こまった心臓が一拍置いてどくどくと流れ始めたときには神父さんの悪戯好きな笑顔が、何故か全然似てないのにしえみさんの笑顔に重なった。

「大体、しえみさんこそ僕の世界を広げてくれたんですよ?」

 比喩でなく、実際祓魔師という未知の世界の入り口はしえみさんだった。
 祓魔屋に行って出会ったときの彼女の可愛らしい仕草も思い出せる。あの時から僕に祓魔師としての覚悟が備わったのだ。史上最年少の祓魔師。期待と羨望と、少しの悪意。そんなものに潰されそうだった僕を救ってくれたのはこの白い透けるような肌の少女なのだ。か弱そうな見た目と違って内面は芯の通った性格で立っている彼女の言葉と笑顔が今も僕を支えている。


「ええっ? そうだったの?」

 大袈裟に驚くしえみさんが可愛くて、思わず出た手で撫でてしまえば何時かこうやって神父さんに褒めて貰ったときのことを思い出した。

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