無自覚偽牲

 坊と子猫さんは跡取りや。俺が守らなあかへん。
 小さい頃から繰り返し繰り返し暗示をかけるようにしていたせいで、いつからか己ずと思考がそこへたどり着くようになっていた。何かあったら、俺が盾になる。志摩家の五男坊よりも座主血統の坊や、三輪家当主である子猫さんのが大事。それは大前提で、明陀の皆もそれを望んでいると思っていた。正直、志摩家の五男坊である自分はいくらでも代わりがきく。謙遜や自虐でなく本当のこと。

 ――それなのに何故、蝮姉は泣いてるんやろ。子供みたいに釣り目がちの特徴的な目から大粒の涙を零され、途方にくれた。
 あかん、なんで泣いてるのか全然わからへんわ。別に酷い事を言った覚えはないし、いくら仲悪いって言ったって俺には関係あらへんし今までそれなりに友好的に過ごしてきたはずや。むしろ、美人なお姉さんである蝮姉に若干の憧れすらあったのに。

「ま、蝮姉? どないしたん?」

 もしかして、俺のかっこうが悪いんやろか。服は血と汗まみれやし、汚いし驚いたんやろか。
 医工騎士が到着するまではここにいろと案内された先は見知ったお隣さんの家。いくら家柄怪我をするのはよくあるとはいえ、こんな夜中に血まみれで訪問されたらそりゃ驚くか。

「あとで洗うえ、問題あらへんよ。玄関汚してごめんな」

 するりと、泣いたままの蝮姉が袖を掴んだ。な、なんなん。俺、結構ボロボロなんやけど、これから更に怒られるん?
 あまりの己の薄幸さに涙が出そうや。確かにあまり役にたってたなんて言い難いけど、これでも坊と子猫さんを庇った名誉の負傷やのに。

 平手打ちを覚悟して目を閉じていればこっちが驚くくらい震えている蝮姉に抱きしめられた。なんか、いい匂いする。手入れが行き届いている細い絹みたいな髪が網膜を埋めとる。身体中が痛かったというんに、なんだか蝮姉の細っこい体のことしか考えられへん。これは、これはこれは。


「ままま、蝮姉? どないしたん? 俺がいい男やからってそんな」
「少し黙り押し。あんた、自分が何したかわかっとるん?」

 かっこ悪い。俺、奥村君に言われたとおりかもしれへん。普段散々坊たちに指南しているようにここは気の効いた台詞の一つでも吐けば蝮姉を落とせるところやったんやないやろか。いや、大事なのはそこやあらへん。一体ぜんたい蝮姉はどうしったっていうんや。こんな軽々しく人に抱きつくような人やなかったのに。別に俺としてはその、意外と発育のいい、大人のお姉さんの胸があたっていいわ、とか考えとるけど。ああでもこんなとこ柔兄に見られたら終わってまうわ。うん。悪魔にやられた傷を抉られてやられてまう。

「あー、蝮姉?」
 
 そろそろ。
 こっそりと手を背中に回してみる。気づいとらんのか、受け入れてくれとるのか微妙やけど抵抗はされんかった。うし、心の中で調子づく。いやいや大本命は出雲ちゃんなんやけど、男やし、抱きつかれて悪い気はせぇへんちゅーか。いくら兄の彼女といえど、妙齢の魅力的な女性であるのは変わらんし。
 というか、思考が脱線しすぎて戻ってこれへん。何より蝮姉に抱きつかれたっちゅー事実がまず信じられへん。何? モテ期到来なん?

「……そのお腹、竜士様と三輪はんを庇ったん?」

 漸く蝮姉が少し離れてくれて残念さと、落ち着きが襲ってきた。ああ、これが人生で何度かしかないモテ期が消費されてもうた。
 ふざけたことをにやにやしながら考えとったら蝮姉にほっぺをつねられた。相変わらず手加減してくれへんなぁ。

「痛いわー……。一応怪我人なんに」

「うるさい、申。大体あんた怪我しすぎや」

 もしかして、もしかしてこれは。泣いて真っ赤になってしまっている目と、あまり自分の感情に素直になれない蝮姉の性格を鑑みるに、これは。にんまりと口が弧を描く。なんや、めちゃめちゃかわいらしいやんか。

「心配、してくれたん?」
「ばっ!! ちゃ、ちゃうわ! 別にあんたのことなんかどうでもええし!」

 あはは、わかりやすう。わたわたと慌てとってかわええなぁ。とても年上のいつも落ち着きある蝮姉には見えへん。たかだか志摩の五男坊を心配してくれるなんて、蝮姉はえろう優しい。多分、彼氏の弟やってことで必要以上に目をかけて貰ってるんやろうけど。

「大丈夫やで。俺、ちゃんと坊たち守ったし、怪我も大したことないで」

 へらへらと発言した瞬間、空気が凍りつく。 
 あ、あれ? 俺なっと悪いこといった?

「……あんた、全然わかっておらへん。私が心配してるのはお申や! お申!!」

 きーん。
 耳元で怒鳴られてぐわんぐわんと声が反響する。蝮姉は完全に身体を離し、ぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でる。なんなんや、本当に今日はわけわからへん。

「志摩廉造やなくて、お申が怪我するのはいややなんや!」

 一方的に言うて蝮姉は奥に引っ込んでしもた。言うとる意味の半分も理解できひんかったけど、なんや少し嬉しい。たまには怪我するのもええかもしれへん。痛いのは勘弁やけど、こうやって蝮姉に撫でてもらえるなら悪くあらへんなぁ、なんて少しだけ思ってしまった。


 




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