第3章 @〜Pieris〜

 

「……ついにこの時が来たか」
 男は溜め息を吐いた。
 その男──青年と呼ぶにはまだ若い気もするし、かといって少年と呼ぶには少々大人び過ぎている──は、名をクレイという。
 透き通るような白い肌、長い睫、そしてその顔を覆う光り輝く色素の薄い銀髪の髪は、彼の美しさを更に際立てていた。
 彼は目を伏せると、再び深い溜め息を吐いた。と、その時バンッという大きな音と共に部屋の扉が勢いよく開けられた。
「クレイ様っ、召喚士が現れたとは本当なのですか?」
 その扉から入ってきた人物もまた美しい容姿をしていた。同じように透き通るような白い肌に燃えるような赤い瞳、それを覆う長い黒髪。……ただ、少々化粧が濃すぎるのが玉に瑕で、その人物の美しさを半減させてしまっているように思われる。
「……リマネオ。もう少し静かに入ってこれないのか?」
 呆れたようにクレイが言うと、リマネオと呼ばれた人物はペロッと舌を出して「すみません」と小さく謝った。
「まだ召喚士は見付かっていない。見付かったのは勇者と守護者だ。しかし、あの“聖剣”が主を選んだ。つまり──……」
「……この世界の何処かに召喚士が現れた、ということですね」
「あぁ。勇者達が召喚士を見付ける前に片を付けなければならない」
「それならば私にお任せください。このリマネオ、必ずやクレイ様の御期待に答えてみせますわ!」
 意気込んで言うリマネオを見てクレイはフッと笑った。
「奴らはテーカに向かう為魔の森に入ったらしい。」
「魔の森に?」
「いいか、リマネオ。奴らが召喚士の力を手に入れる前に終わらせろ」
「フフフ、お任せ下さい。……奴らには自滅して貰いますわ」
 リマネオは妖艶な笑みを浮かべた。
「私の妖術、マリオネットで──……」

◇ ◇ ◇

「……なんか、キリがないっスね」
 財前がうんざりしたように言った。
「いくらなんでもモンスター多すぎやろ」
 謙也も財前に同意した。
 倒しても倒しても、次々に出現するモンスターに溜め息を吐く一同。
「“魔の森”……魔物の巣窟とは聞いとったばってん、まさかこぎゃん多いとは思っとらんかったばい」
「これがゲームの世界だったら、私達確実にレベル5くらいはアップしてるよね」
 歌音がボソッと呟くと
「オドレらーっ、口動かす暇あんなら手動かせやーっ!」
 ユウジの怒鳴り声が響き渡った。
 言い忘れていたが、只今歌音達はモンスターとの戦闘真っ最中なのである。先程の会話は全てモンスターを倒しながら行われていた。
「いやさっきから俺達ちゃんと倒してますけど」
「こいつら弱すぎやわぁ〜。もっと強い奴おらへんのか?」
 退屈そうに言う金太郎。先程から同じようなモンスターしか現れない為、いい加減飽きてきたようだ。RPGで喩えるならばLv.1の魔物ばかり出現するフィールドにいるようなものである。
 ……かといって、強いモンスターに出現されてもそれはそれで困るが。

──数十分後
「んんーっ、絶頂!」
 白石の御馴染のセリフと共に、うようよといたモンスターの群れは消え去った……いや、燃えて灰になった。
「……そのセリフ好きだね」
 思わず歌音が呟くと
「カッコええやろ?」
 とニッコリ微笑みながらそう返されたので
「え……あぁ、うん……せやねー」
 傷付けないようにとりあえず肯定したが棒読みになってしまい
「棒読みで肯定されるの、否定されるより辛いわ……」
 と、何故か泣かれてしまった。解せぬ、と思った歌音だった。

『ま、とりあえずこの辺りのモンスターはいなくなったみてぇだし、さっさと先に進まないとテーカに着く前に日が暮れちまうぞ』
 その時、今まで黙って大人しくしていたコケ太郎が口を開いた。相変わらず横柄な態度だ。ぬいぐるみのコケ太郎は当然ながら戦闘に参加出来ないので、普段は千歳の上着のフードの中にいる。
「え、テーカってそんなに遠いの?」
『今の調子で行ったら今日は野宿かもな』
 コケ太郎が答えると
「よし、急ごう。皆!」
 歌音は率先して歩き始めた。
「俺は一日くらい野宿でもよかよ?」
のほほんとした口調で言う千歳。放浪癖のある彼はもしかしたら野宿の経験があるのかもしれない。
「野宿は嫌!」
 しかし、歌音は断固として譲らなかった。
「どして?」
「んもぅ〜、千歳君ったら……女の子は男の子と違って色々あるんよ!」
 歌音の言いたいことを小春が代弁してくれた。……小春は男だが。
「そうそう、私だって女の子なんだよ。……一応生物学上は」
「生物学上ってなんやねん!」
「ってことで、よし、早く先に進もうっ!」
 謙也のツッコミをスルーすると、歌音はテーカに続く山道をスタスタ登り始めた。
「またスルーかい!」
「ねぇコケ太郎。聞きたいことがあるんだけど……」
『なんだ?』
 山道を歩きながら歌音は昨日から気になっていたことをコケ太郎に尋ねた。
「さっき戦ったモンスター達もツィーネと一緒で魔族が生み出したものなの?」
『ああ、そうだ。だからあいつらには自我はなく、ただ人間を襲うように作られている。生命そのものがないから倒しても砂になって消えちまうんだ』
「そっか……」
『それがどうかしたか?』
「ううん、ちょっと気になっただけ」
 コケ太郎が聞くと歌音は少し笑って首を横に振った。
 たとえ相手がモンスターであろうと、殺生をすることには抵抗があった。綺麗事かもしれないが、出来るのであれば生命を奪うということは避けたい。
 それは歌音だけではなく全員が思っていたことだろう。当然ながら歌音達の心の中は高性能AIと言えどコケ太郎には読めない為、一人首をかしげていた。
 
 また、歩きながらコケ太郎にこの世界のことを簡単に教えてもらった。昨日レンも色々説明をしてくれたが、バタバタしており聞き逃してしまったことも多いため、復習も兼ねて改めて説明をお願いした。
 まずこの世界について。
 大きく分けて4つの大陸で成り立っている。一番大きな大陸が今歌音達のいるリッカー大陸。次に大きい大陸がショナン大陸。この2つの大陸が星全体の3分の2を占めている。それを治めているのがユッキーラー王国。ほとんどの人々はそこで暮らしている。
「そんな大国をこの歳で治めているセーイって一体……」
 セーイの凄さを感心しつつ、やっぱり恐いとも思う歌音達であった。
 残りの大陸だが、1つはマズルカ大陸と呼ばれておりロネーズという教団が治めている。“ツィーネは神が我々に与えし罰なのだ”という宗教じみた考えを持っており、ツィーネを神の遣いと崇拝している小さな国だ。
 もう1つがチュードという魔族の集落だ。他にも集落はあったようだが、ツィーネに襲われ廃墟となってしまっている。
 とりあえず、勇者ご一行にとってマズルカ大陸とチュードは絶対に近付いてはいけない場所であることは間違いないだろう。
 
 次に、魔族について。魔族の中には闇魔法を使用することが出来る者がいるそうだ。
 しかし、全ての魔族が使えるわけではなく、力を持たぬ者もいるらしい。
 魔族は見た目に特徴があり、“耳がエルフのように尖っている”“色素が極端に薄く、アルビノのような者が多い”また、すこぶる美形が多いようだ。
 歌音は、白石とどっちが美形なんだろ……と少し疑問に思ったが、どっちでも問題ないため口には出さなかった。

 最後に勇者や召喚士、守護者について聞いた。
 勇者は昨日も説明があった通り、聖剣に選ばし者のことだ。聖剣で召喚士を守る。召喚士は、精霊や大天使を召喚し最終的にツィーネを封印する。守護者は勇者と召喚士をサポートする。……ここまでは今朝までに説明を受けた内容だ。
 守護者について、コケ太郎が補足説明をしてくれた。
 守護者の人数はハルから聞いた通り8人。前例からすると、守護者もしくは召喚士と絆が深い者が選ばれている模様。守護者は、精霊の加護があり通常よりも強い力を持つことが可能らしい。
 また、守護者の中には精霊魔法と呼ばれる“黒魔法士”と“白魔法士”が1人ずついるそうだ。
 黒魔法士は火・水・土・雷という自然界の精霊の力を利用した魔法を使える。間違いなく白石のことだろう。今は火のみしか操れないが、経験を積むことにより様々な種類の魔法や高位魔法も操れるようになるらしい。
 白魔法士も同様に精霊の力を借り魔法を操る。風を操ることが出来、癒しの力を持っている。攻撃よりも補助がメインとなり、傷の治癒能力を高めたりすることが出来るそうだ。
「ゲームやとヒロインポジションの子が多いわよねー」
 まだ覚醒していないため、現時点では白魔法士が誰だか判明していない。ヒロインポジションといえばもしかしてアタシかしら?と小春が言い、ユウジ以外に否定されている。
 他にも、守護者の中には盾……ガードに特化した力を持つ者もいるとのこと。いずれも始めから力を使えるわけではなく、なんらかのタイミングで覚醒していくようだ。
「……ほんま、RPGのゲームみたいやな」
 と謙也が感想を述べ、歌音に「それなら勇者だから謙也が主人公かな?」と言われ、なんともいえない顔をした。

 しばらくモンスターが現れることもなく、コケ太郎の説明を聞きながら歩みを進めると
「ん?何やアレ」
 金太郎が突然足を止めた。
「金ちゃん、どぎゃんしたと?」
「あそこ、めっちゃ綺麗な花が咲いとるでー!」
「え、何処?」
 歌音達は金太郎の指差した方向を見たが
「俺にはなんも見えんばい……」
「私にも見えない。謙也見える?」
「う〜ん、白っぽいようなピンクっぽいようなものが見えるような。俺にもようわからんわ」
 どうやら視力3.6の金太郎以外には見えていないので、結構遠い場所のようだ。
「歌音、花好きやろ?ワイ、とってきたるわーっ!」
「えっ、金ちゃんちょっと待っ──……」
 危ないから1人で行っちゃ駄目と止めようとしたのだが、そんな間も与えず金太郎は風のように駆けて行ってしまった。
「金ちゃーんっ!」
 慌てて金太郎の後を追う歌音達。こんな森の中で逸れたら大変なことになってしまう。
「ったく、金ちゃんはしゃーないなぁ……。──後でお仕置きせなアカンなぁ」
 白石が走りながら低い声で呟く。今度は毒手と炎ダブルで脅す気のかもしれない。

 なんとか走って金太郎に追い付くと、そこには鈴蘭に似た房状の美しい花が咲き誇る木が沢山植わっていた。
「わぁ、綺麗……」
「見事ばい」
 一同は感嘆の溜め息をついた。
「蔵、この木の名前わかる?」
「この世界で何と呼ばれとるかはわからんけど、日本でいう“馬酔木”やな」
「あせび?」
「せや、“馬も酔う木”と書いて“アセビ”。“アシビ”とも言うらしいで」
 日本でもわりとそこら中に咲いているので、簡単に目にする事が出来るらしい。
「なっなっ、ワイの言うた通り綺麗やろ?」
 にぱ〜っと笑う金太郎を見て歌音は、可愛くて抱きしめたい衝動をなんとか抑え、彼の頭を撫でた。
「うん、すっごく綺麗。ありがとー金ちゃん」
「えへへ……」
 金太郎はというと、歌音に頭を撫でられてとても嬉しそうだ。
 そんな和やかな雰囲気の中、バチーンという場違いな音が響いた。
「何すんねん白石!」
 馬酔木の花に手をのばしかけた謙也の手を、白石が引っ叩いたのである。
「謙也がその花に触ろうとしたから止めただけや」
「別に触るくらいええやんっ!」
 謙也がキャンキャン吠える。そして
「金ちゃんが羨ましいからって俺に当たるなや!」
 と、余計なことを口走ったため、白石は口の端を上げてニィっと笑った。
「あぁ別に好きなだけ触ってええよ?困るのはお前で俺やないし」
「ど……どーゆー意味や?」
 口元は笑っているのに目が笑っていない白石に恐れをなした謙也は一歩後ずさった。
「さぁ、どーゆー意味やろ?」
「…………」
 冷汗を流して黙り込む謙也を見て、白石はクスクス笑った。それにまた謙也がビクッと怯える。
「あのね、ケンヤ君……」
 たまりかねた小春が口を挟んだ。
「馬酔木はね、有毒植物なのよ」
「有毒っ?!」
 驚く謙也に小春は頷いた。葉、樹皮、花に“アセボトキシン”や“グラヤノトキシン”という有毒成分を含んでおり、体内に入ると血圧低下、腹痛、嘔吐、呼吸麻痺、神経麻痺などといった症状を伴い、酩酊状態に陥ってしまうらしい。
「白石……お前、知ってて?」
 謙也の問いに白石はフッと笑った。
「当たり前やん、俺を誰やと思っとるん?」
 当然、毒草マニアの彼が知らないハズがない。
「ヒドいわ〜。人の親切を八つ当たり扱いするなんて」
「う゛っ……」
「俺、めっちゃ傷付いたわ〜」
 白石は大袈裟に溜め息を吐くと、これ見よがしにチクチクと謙也を弄り始めた。
 口では傷付いたなどと言っているが、彼がこの状況を至極楽しんでいる事は、誰の目から見ても明らかである。
「す、すまん……」
 しょぼんと小さくなっている謙也。その姿は、まるで巣の隅に追い込まれたハムスターを連想させられる。
 一方、歌音達はというとその光景を遠巻きに眺めていた。何故遠巻きなのかというと、答えは簡単“巻き込まれたくないから”だ。
「“触るのを止めただけ”のわりには、部長めっちゃ思いっきり叩いてませんでした?アレ、どう見ても……」
「……財前、何も言わん方が身の為ばい」
 財前に最後まで言わせず、千歳は静かに首を振った。
「こんなに可愛い花が咲くのに毒持ってるんだねー」
 感心したように呟く歌音を見て、白石がクスッと笑った。
「なっなんで笑うの?」
「んーまるで馬酔木みたいやなぁ思うて」
「何が?」

「──歌音が」

 その時、まるで白石の言葉を待っていたかのように急に強い風が吹いた。
 馬酔木の花や蕾が歌音達の上にふわふわと舞い落ちる。
「……綺麗」
 そう言って目を細めてふわりと微笑む歌音。
 その姿に、ドクンと全員の心臓が音をたてた。
 しかしそれは、恋や愛などといった甘いものではなく、喩えるならば嫌な予感がする時に鳴る心臓の音に似ていた。

 後程、彼らはこう語る。
“……あの時の彼女の笑顔は何処か儚く見えて、瞬きをしたら彼女が消えてしまいそうな気がして焦った……”と。
「……みんなどうしたの?」
 皆に凝視され歌音が戸惑っていると、金太郎が彼女にギュッとしがみ付いた。
「きっ金ちゃん?」
「歌音〜消えちゃ嫌やーっ!」
「えっ……?」
 泣きそうな顔で叫ぶ金太郎に、歌音は目をパチクリさせた。
 無理もない、彼女自身は何の事だかさっぱりわからないのだから。
 歌音は困っておろおろとしていたが、とりあえず金太郎を宥めなければと思い、その小さな身体(といっても彼女も金太郎と同じくらいなのだが)を抱きしめた。
「ねぇ千歳、金ちゃんどうしたの?」
「…………」
 千歳はその問いかけには答えず歌音を金太郎ごと抱きしめた。
「ちょっと千歳いい加減にし──?」
 いつもの悪ふざけかと思い歌音は怒りかけたが、千歳の表情を見て言葉を飲み込んだ。
「ちとせ?……皆もどうしたの?」
 それは千歳や金太郎だけでなく、皆同じだった。
 今にも泣き出しそうな、困ったような顔。
「歌音、消えちゃ嫌や……」
 金太郎がもう一度、今度は呟くように言った。
「……金ちゃん」
 何故皆泣きそうな顔をしているのか。
(もしかして私透けてたりする?)
 普段だったらそんな事は考えたりしないが、ここは異世界だ。何が起こっても不思議ではない。
 そう考えた歌音は自分の体をそこら中ペチペチ叩いて確認したり、手を太陽に透かして見たりした。
「……うーん、どこも透けてるようには見えないけど?」
 ちなみに歌音がそんな事を考えていると知らないR陣の目には、彼女が突然奇行な動きを始めたように映っている。
「……歌音、何しとるん?」
 謙也がおそるおそる尋ねると
「……私の身体どこも透けてないよね?!」
「は?え……あぁ、透けてへん……けど?」
「だよねー、てっきり私だけ透けてるのかと思って焦ちゃった」
 謙也の腕をパシパシ叩きながらアハハ〜と笑う歌音を見て
「……さっき見たんは気のせいっスね」
「せやな」
 皆、先程の光景はきっと馬酔木が見せた幻覚なのだと思い込むことに決めたのだった。

 ──その光景が、自分達の未来を暗示していたのだと、
 彼らはずっと後になって知ることとなる。

 馬酔木……ソノ花言葉ハ──……?

 
  



[ 10/17 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -