猫と暗殺一家
わたしを小脇に抱え、鼻歌交じりにスキップでもするんじゃないかってくらい上機嫌になったイルミ(ただし無表情)は、以前イルミと初めて遭遇した庭に降り立つと、そのままスタスタと隣接した屋敷へと入っていく。
"暗殺一家の隠れ家"にしては豪華すぎやしないだろうかこの屋敷。城といっても過言ではない。いくら樹海に覆われてるとはいえこれはなんというか…隠れる気ないね?
「あ、母さん」
あっ、早速ご登場で…?というかあのハイテンションレディはやっぱりイルミの母上だったのか…。そうだとは思ってたけどそうじゃなければいいと願ってた…現実は非常なり。
母上はいつものあの奇抜ファッション、謎のゴーグルにヒラヒラのドレスという断トツで動きづらそうな格好で午後のティータイムに勤しんでいたようだが、イルミを視界に入れ、そのイルミが抱えている猫に視界を入れたところで金切り声をあげてティーカップを放り投げた。
「イルミ…?なんなのその小汚い獣は!はやく森に捨ててらっしゃい!」
「これ、オレの執事にするから。」
「あなたの専属にはバルトかルシアをつけることになっているのよ!そんなチビの害獣になにができるというの?全く、なんてこと!!汚らわしい!執事は養成所を出たものと決まっているの!!」
「養成所とかいってないよわたし、駄目じゃんか」
「そもそも養成所で猫訓練してないし関係ないかと思ってさ。」
「それを"前例がない"っていうんだよイルミ…」
「…ちょっとイルミ、聞いているの!?」
ひそひそとイルミと話していると、その間も叫んでいた母上がこちらにつめよってきた。気迫すごない…?イルミはさっきから表情筋の一つもぴくりとさせずに空を見つめいるが、わたしはもうさっきからびくびくである。
まあでも息子がいきなり猫拾ってきて執事にするとか言い出したらそりゃあそうなるよね…、わたしでもそうする。でもやっぱりこの人の声は耳がキンキンするから良くない。ワントーンでいいから落としてくれ…
「何を騒いでいる」
低い男性の声が耳に入ったかと思うと、それまで甲高い声でまくし立てていた母上がピタリと話すのをやめた。部屋奥の扉からくせのある銀髪を腰ほどまでにのばした大柄な男性と、同じような銀髪をゆるいオールバックのようにした特徴的な髭をたくわえた老人が現れ、こちらにじろりと視線を向けた。
それと同時に、それまで微動だにしなかったイルミの腕に力がこもったのがわかった。実際抱えられていたわたしだから気づいたが、そうでなければ気づけないほどのほんの僅かな強張りだった。
「あ、あなた…お義父様…」
あなた、お義父様、…ってことは、イルミの父上とお爺さんってことか…。わぁー、イルミは母上似なんだー…黒髪だもんねー…。ものすごい怖いんですけど…?母上の比じゃない圧がイルミにかけられてるのがわたしにまで伝わってきて思わず身震いしてしまう。
「まったく…外まで声が響いとったわい。」
お爺さんのほうは振る舞いや声は気さくな雰囲気だが、わたしのことをじっと観察していて、とても気まずいというか、偏に居心地がわるい。
「イルミ…大丈夫?」
「大丈夫。クルイはなにも心配しなくていいよ」
ぽそりとイルミに尋ねると、そっと頭を撫でられる。わたしが心配してるのはわたしじゃなくてイルミのことなんだけど。でもあまりわたしが口をはさんでも良くないだろうし、とりあえずだまって見守ることにしよう…。
「親父、この猫オレの専属執事にしてもいいだろ?」
「猫を…?ペットではなく執事に、か?」
「うん。」
イルミ、あんた言葉足らずすぎない…?これで納得してくれるわけないと思うんだけれども。父上ものすごい"こいつはなにをいってるんだ"って顔してるよ…?
しかしイルミはそれ以上何か話す気はないようで、じっと父上とお爺さんを見て止まってしまった。
先ほどの雰囲気からして、イルミは父上かお爺さんのことがのことが少し苦手なのかもしれない。表面的にはいつも通りの態度だが、言葉の端々に緊張が滲んでいる。
母上はなにか言いたげではあるものの、父上とお爺さんを差し置いて今口を出す気はないようで、視線をおろおろさせ、父上はおそらくわがままを言う子供ではなかったであろうイルミの初、かつ謎のわがままをまだのみこめていないようだ。
黙り切ってしまったイルミファミリーの視線がぶすぶすと刺さり、いたたまれない気分になってきた。誰かなんでもいいから話してください…もうほんとなんでもいい。今日の夕飯とか相談してくれてかまわない。……暗殺一家ってそろって夕飯食べたりするのな…?
「イルミ、そやつただの猫ではないな」
あぁ…なんでもいいとは思ったけれどもそれはあんまりうれしくない話題だなお爺さん…
いやでも執事うんぬんを納得させるにはわたしがこの家というかイルミにとって役に立つ存在とおもってもらわなきゃいけないんだから話せることを言ってたほうがいいのか…?
「……はぁ、クルイ、いい?」
「イルミにまかせるよ」
「…爺ちゃんの言う通り。クルイはただの猫じゃない。といってもオレにもクルイにも詳しいことはわかってないんだけど」
「ふむぅ…」
「あ、どうも…初めてお目にかかります…クルイです」
「ほう…?ま、いいんじゃないかの?」
「お、お義父様!?」
「イルミが連れてきたんじゃ。この家に害をなすようなやつではなかろうて。仮にそうだったとしても…」
「爺ちゃん」
それまであくまでも淡々と話していたイルミの声遣にほんの少し怒気というか、イラつきがまじる。お爺さんの発言にとくに怒るようなところはなかったと思ったが、イルミには気に障ったらしい。お爺さんの言葉を遮り、咎めるような視線をおくる。
「そう怒るでないイルミ。ワシは何もせんよ…のぅシルバ、お主はどうじゃ?」
「あぁ…イルミが決めた個人の所有物であれば俺が口を出すことではないからな…好きにしろ、イルミ」
「あなた!!!!」
「所有物…」
父上の言葉にまたイルミの声のトーンが下がり、わたしを抱える手にも力がこもる、あ、ちょっとイルミさんしまってます、しまってますから!イルミ結構怒りの沸点低いね!?会ったときってもっと飄々としてなかった?あ、いやでも普通このくらいの年頃ってもっと感情的だっけ…?イルミに慣れててちょっと感覚ずれてきたかもしれないな…
「…とりあえず、いいんでしょ、クルイをオレの執事にしても。じゃ、もうオレたちいくから」
「ちょっとイルミ!まちなさい!!」
不機嫌そうにそうつぶやくと今だ叫ぶ母上の脇を通り抜け、イルミは部屋を出ていこうとする。お爺さんはその後ろ姿を面白そうに見、父上はただじっとこちらを見ている。
許可はもらったといえわたしの印象ちょっとわるすぎないですかね。というか許可もらえるんですね。
「あ、あの、なんだかすみません…お世話になります…?」
「私はまだ認めていませんわ!」
「母さん黙って」
母上ごめーーん……なんかよくわからんけどイルミめっちゃ怒ってるからそっとしといたげてーー……!