ストレイ・シープ | ナノ

1-1


覚えているのはよく遊びに行った公園。
そこにある自販機で買ってもらうバナナオレと、お気に入りのポーチの中にあるいちごミルクキャンディ、そして私の手を引く優しい両親が大好きだったということ。
もうどんな顔だったかもぼんやりとしか思い出せないけど、私の名前を呼ぶ優しい声と母の柔らかい手、それと父の少し硬い手の平の感触は今でも鮮明に覚えている。

「オイ、起きろ。こんなところで寝るんじゃねェ」

久しぶりに見た幸せな夢は不機嫌そうな男の声によって消えてしまった。どうやら少し休むつもりが寝入ってしまったらしい。
ゆっくりと目を開いて今しがた私を現実へと引き戻した人物に目をやるとその男はただでさえ目つきの悪い顔立ちを不機嫌そうに歪めてこちらを見下ろしていた。

「おはよう、エネドラ」

「ったく、おはようじゃねェだろうが。戦場だってのに呑気な女だぜ。」

「こんなところで生身で寝てるなんて自殺願望でもあんのかァ?」と悪態を吐きながら私に手を差し出してくる。
口は悪い癖にこういうところは優しいのだから、思わず少しだけ笑ってしまった。その手に掴まって立ち上がるとエネドラの隣に並ぶ。そうだった、今は戦争中だった。
私の所属する国『アフトクラトル』は小国を従属国にするべく侵略の真っ最中だ。兵士として駆り出されている私達は本来なら戦場のど真ん中にいても不思議では無いのだが、本国よりも随分と小さな国相手の戦争だったため派手な戦闘は直ぐに終わった。
今は各所に残り抵抗を続ける残党を片付けている言わば仕上げの段階で、本陣の守りを任されている私とエネドラは暇を持て余している。周囲に残党もおらず、急襲もほぼ可能性なし。
それならばとトリオン体になることもなく周囲を散策していたのだが、ついつい暖かな日差しと眠気に誘われて少しだけ休むつもりが思ったよりも寝入ってしまったらしい。
なかなか戻ってこない私を気にして迎えに来てくれたのだろう。エネドラは口は悪いが意外と面倒見のいい男だった。

「ごめん、少し寝すぎた」

「どっかで死んでんのかと思ったぜ」

「心配してくれてありがとう」

「うるせぇ!そんなんじゃねェ…死んでたら後がめんどくせェだろ」

「ふふ、そうだね」

「わらうんじゃねェ!!殺すぞ!」

エネドラは最近トリガーホーンの影響で気性が荒い。
口調も前より乱暴になったし、物騒な発言も日に日に増える。けれど相変わらず面倒見は良かったし気を許した相手には優しいところだってある。
知り合って数年経つ私にとってその変化は些細なものでしか無かった。仲のいい相手には前からそこそこ口は悪かったし。

「ところで、戦況は変わりなし?」

「アァ?さっき来てた報告じゃもう残党狩りもほぼ終わりだ。この調子でいけば明日には帰還できる」

「そうか、今回はかなり早く終わったね。帰ったらゆっくりお酒でも飲もうよ」

「戻っても暫くは報告やらなんやらでハイレインの野郎の相手だろうぜ」

「じゃあそれが終わったらで」

「仕方ねェから付き合ってやるよ」

結結局私たちは本国に戻ったあと酒を酌み交わすこともなく別れることになる。

エネドラの言った通りその日のうちに全ての戦闘は終了し相手国は降伏と従属を受け入れた。
そして翌日には帰還し戦闘の報告や捕らえた捕虜と奪ったトリオン兵等のその後の決定、こちら側の被害がどれほどかなどと忙しない数日間を過ごす。
そして明日か明後日辺りにはエネドラを誘おうかなと思っていた時、衝撃のニュースが耳に飛び込んできた。
マザートリガーを支える神が死にかけているというのだ。どういうことかと言うと、神の国アフトクラトルと呼ばれるこの国はその存在そのものをマザートリガーという強大なトリガーによって保っている。
そのマザートリガーに同化して、寿命が尽きるまでエネドラ風の言い方をするとマザートリガーの面倒を見る、という役割を担うのが神と呼ばれる存在であり、この神は元々トリオン能力の非常に優れた人間なのだが、マザートリガーと同化したあと数百年は生きるらしい。
そんなのまるで人柱ではないか。
国にとってはとても大切で非常に重要な役割ではあるが、自由に動くことも死ぬ事も出来ないような役割を進んで担いたいと思う者はそういないだろう。


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