お気に召すまでアバンチュール

「あ」

レジカウンターから程近い席で友人とティータイムを楽しんでいると、聞き覚えのある声が聞こえてきた気がして視線を向ける。男が二人と女が一人。私服だったから一瞬判別が遅れてしまったが、坂田くんと高杉くんとミョウジさんのお馴染み三人組だった。いつもの制服姿と違い、三人とも服をセンスよく着こなし大人びているものだから、ぱっと見は大学生くらいに見える。
ミョウジさんが着てるワンピース、昨日読んだ雑誌に載ってたやつだ……、と物珍しさから食い入るように見つめてしまう。膝上丈の黒色ワンピースにライダースジャケットのパキッとしたスタイルは、普段のよく食べよく寝るミョウジさんのふわふわしたイメージとは真逆で、不覚にもギャップにときめきそうだった。もちろん、坂田くんと高杉くんの私服姿もよく似合っていて文句なしにかっこいい。店内にいる人たちが少なからず彼らに関心を持っているだろうことが、周囲のざわめきからそれとなく伝わってきた。
前触れもなく声を上げ、視線をレジへ向けた私に、向かいに座っていた友人が「知り合いでもいた?」と首を傾げてくる。

「知り合いというか、クラスメイトというか……」
「どれどれ……? えっなにあの目立つ美男美女……」

友人の引いたような発言に少し笑ってしまいそうになる。「アンタの学校どうなってんの?」と言われ、咄嗟に「女の子の方は私の前の席だよ」と言えば憐みの視線を送られた。変に目立つし、一人は白髪だし、一人は眼帯だし、素行がいいとお世辞にも言えない外見だが、学校生活を楽しんでいる彼らは不良というより小学生のそれだよ、という弁明は心のうちに留めたので絶句する友人に届くことは終ぞなかった。
お互いに顔を見合わせ、頷いて黙り込む。神経を集中して耳をそばだてれば、レジで注文をする三人の声が聞こえてきた。

「マンゴーパッションフラペチーノのティー抜き、ホワイトモカシロップ追加で。晋助は?」
「あんま甘くねェやつ」
「抹茶でいい?」
「……ん」
「じゃあ抹茶クリームフラペチーノにエスプレッソショット追加、あとシロップとホイップは抜いてください。……銀時は? 決まった?」
「んー……。バニラクリームフラペチーノにチョコチップとモカシロップとチョコレートソース追加で。あとホイップ増量で」
「……め、めちゃめちゃ甘党ね、あの白髪頭」
「そ、そうだね……」

坂田くんの怒涛のカスタマイズを聞いた友人が、げんなりとした表情でつぶやいた。概ね同意である。現に、私の手元には飲みかけの限定フラペチーノがあるが、想像だけで胸焼けしてしまい口をつける気になれなかった。
ドリンクの後にショーケースのケーキとドーナツを何個か頼んだ彼らは、商品が乗ったトレーを受け取ると私たちの席から仕切りを挟んだ後ろの席へ腰を下ろす。ゆいいつ面識がある私は後姿だし、ソファ越しの仕切りに申し訳程度のフェイクグリーンもあるし、気づかれることはないだろう。遠慮がちにちらっと斜め後ろを振り返り、自身の髪とフェイクグリーンの隙間から覗き見る。ミョウジさんが「銀時はこっち、晋助はそっち」と坂田くんと高杉くんのフラペチーノをそれぞれ指し示した。

「晋助はケーキ頼まなくてよかったの?」
「要らねェ。つーかお前らさっき食ったばっかなのによく入るな」
「えー? デザートは別腹って言うしィ。限定モンは食えるときに食っとかねェと。なーナマエちゃん?」
「うん、まあ、そういうことかな」
「どういうことだ」

言いながら、各々のフラペチーノを手にストローをぐるぐると掻き回す。しばらく続いた沈黙は、恐らくドリンクを味わっていたのだろう。限定のケーキを小さく切り分け、カチャカチャと食器の音を鳴らし、ミョウジさんがおもむろに口を開いた。

「銀時、これ美味しいよ」
「マジ? 食わして」
「はいどうぞ」
「……やべ。なにこれ。やだこれ。うめェ」

ミョウジさんは当然のように『あーん』をした。そして、坂田くんも当然のようにそれを受け入れていた。さらに言えば、お返しと称して坂田くんからもミョウジさんに『あーん』をし返していた。教室で何度か目撃したことがある私はともかく、耐性のない友人が息を呑んだのが分かってしまう。言いたいことは分かるよ、でもね、序の口だから落ち着いて、という意味を込めて手のひらで制すと、友人は行き場のない感情を持て余すようにテーブルの上で拳を握った。
オーディエンスもといデバガメがいるとは夢にも思わない彼らは止まらない。もっとも、見られていると知っていたとしても然程変わらないような気もするが、今はそういう話ではなく、無意識なところが末恐ろしいということである。ケーキの交換を終えたミョウジさんと坂田くんが、今度はお互いのフラペチーノを差し出し始める。

「ナマエのフラペチーノって何だっけ? そっちも一口ちょうだい」
「マンゴーが桃っぽくなるやつ。銀時が頼んだのは……全部乗せ?」
「いいから飲んでみ」
「…………」
「ど?」
「……歯が溶けそう」
「ナマエ、ンな甘ったるいもん飲んでるとどっかの甘党みてェに糖尿病になるぞ。……俺の飲むか?」
「いいの? ありがとう晋助」
「なってねーわ! まだ! 適当なこと言ってんじゃねェぞ高杉コノヤローお前も飲め!」
「は? 銀時テメっ、ば……ッ!」

高杉くんの余計な一言で火がついた坂田くんが、持っていた激甘フラペチーノのストローを高杉くんの口に突っ込んだ。反射的に飲んでしまったらしい高杉くんはいつも以上に眉間に皺を刻み込み、とはいえ、公共の場という手前から中身を吐き出すことも叶わず、青い顔をしたまま坂田くんカスタマイズのフラペチーノを嚥下する。一連の様子を見てけらけらと笑っている坂田くんが当然、無事に済まされる訳もなく。人を殺しそうな目をした高杉くんが自身のフラペチーノの上蓋を取り、容赦なく頭を鷲掴みにした坂田くんの口をこじ開け、なみなみと中身を注いでいる。そのうちに「苦ッ! 何すんだ! つーか鼻に入る、鼻に!」「うるせェそのまま溺れ死ね」という物騒な会話までセットで聞こえてくる始末だった。関節キスってなんだっけ? という疑問が私と友人の脳内に浮かぶたびに消えていった。
ミョウジさんから「二人ともいい加減にして」と仲裁された坂田くんと高杉くんは、お互いの顔を合わせずにそっぽを向いたまま、テーブルに頬杖をついている。いつものことながら、そんな二人を意に介さず平然とした顔で間に挟まれているミョウジさんに、尊敬の念を抱きたくなる。今日も今日とて、ミョウジさんは坂田くんと高杉くんの手綱を握っているようだった。

「チッ、最悪だ」
「こっちの台詞だよ。クソ不味いもん突っ込んできやがって」
「……煙草吸いてェ」
「そろそろ出ようか。駅に喫煙所あったからそこでいい?」
「ああ。どっかで時間潰してくれても構わねェが」
「いいよ、ついてく。その後に買い物一緒に行くでしょ?」
「ん。……おいナマエ、それ持つ」
「えっ、バッグ自分で持つから、待って、晋助!」
「オイオイなに勝手に二人でカレカノムーブしてんだ! 俺も混ぜろ!」

えっそこ? という心の中のツッコミは当の坂田くんに届かなかった。
ミョウジさんの荷物を持った高杉くんは、さっさと店の外へ歩き出してしまう。そんな彼を追いかけるようにミョウジさんがトレーとゴミ類を片付け小走りで後に続き、出遅れた坂田くんが椅子の背に残された二人の上着を手に慌てて走り出す。見事な連係プレーだった。坂田くんと高杉くんに至っては、本当は仲がいいのではないかと思うくらいに。
三人が店を出た後、嵐が去った後のような静けさが私と友人を包んでいた。やがて仰々しい態度で口を開いた友人は、どこぞの司令官よろしく顔の前で手を組み、見たことがない真剣な表情でこう言った。

「……あの女の子、どっちと付き合ってんの?」
「どっちとも付き合ってないらしいよ」
「ええ……そんなことある?」

私の方が聞きたいよ、と絶句する友人に言い返しながら、氷が溶けてしまったフラペチーノを一口だけ吸い込んでみる。最初に飲んだときよりも甘ったるく感じられるそれは、心いくまで胸を焼くようだった。
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