恋とか愛とか知らない

「あ、ミスドのクーボン今日までだった。マックは次にして今日はミスド行こうぜ」
「ふざけんな。昨日行ったとこだろ。ンな甘いもんばっか食ってられるか」
「いやでも五十円引きはでかくない? んまい棒めっちゃ買えるじゃん。バラ売りのヤクルコも買えるじゃん」
「てめェ一人で行きな。俺とナマエはマック行く」
「はァ? 二人仲良く放課後デートでアオハルしようなんざ許さねェぞコラ。ナマエはドーナツ食いたいよな? ポンデ食いたいよな?」
「どっちでもいい」

二人の男子生徒が頭上で舌戦を繰り広げているにもかかわらず、頬杖をつきながら携帯を弄っていた女子生徒は一瞥もくれずに小さな欠伸を一つ零した。食べられればどちらでもいいのか、或いは話題そのものに興味がないのか。声の調子から区別はつかなかったが、彼女の「どっちでもいい」を「二人に任せる」と解釈したらしい彼らの口論は、焚きつけられたように益々ヒートアップしていった。会話のきれぎれから察するに、元々は放課後にマックへ行く予定だったところをクーポン券を使いたいという理由から一方がミスドへ変更したいと申し出て、もう一方は間髪入れずにそれを却下して……。平たく言うと寄り道先で揉めているようだ。
小学生か? と思うくらい知能レベルの低い会話を大声で繰り広げている二人は目立っていた。クラス中の生徒の視線を集めていると言っても過言ではないくらいに。必然的に彼らと一緒に注目を浴びることになった、火に油を注いだ原因である彼女は、相変わらず手の中の携帯に夢中だった。
死んだ魚のような目をした銀髪、坂田銀時くん。
左目に眼帯をつけた小柄な黒髪、高杉晋助くん。
それから、その二人といつも一緒にいる、幼馴染みのミョウジナマエさん。
三人は校内でも指折りの有名人だった。





机と椅子が立ち並ぶ教室内、その窓側の最後尾。一等地とも言える席をくじで引き当てたときは喜んだものだが、教卓から遠く目立たない・リラックスし易いといった学校生活を送る上で不純な動機以上に、私は特別な付加価値を見出し始めていた。
私の前の席はいつも賑やかだった。
その席の持ち主であるミョウジさんは愛想よく可愛らしい子で、かといって女子特有のべたべたの付き合いはしないどことなくマイペースなタイプだ。喋ったことなんてなかったのに席替えのときは普通に「よろしくね」と話しかけられるし、登下校は当然のように「おはよう」「またね」と気持ちのいい挨拶をしてくるし、暇を持て余していれば気安く話題を振ってくれることもままあった。
思ったより普通の子なんだと、そう思った。良くも悪くも目立つ二人の不良を連れ立っている勝手なイメージが先行してしまい、へんに勘違いしていたことを心のうちに恥じた。噂なんてそんなものだ。根も葉もない。ミョウジさんは普通の女の子だった。私たちと何も変わらない花の女子高校生だった。
確かにそれでも、あれ? と思わず首を傾げることになってしまうのは、決まって三人が一緒にいるときである。

「ナマエちゃーん、高杉くーん」

猫撫で声で二人の名前を呼んで「英訳教えてェ」と甘ったれた台詞を言ったのは坂田くんだ。顔を上げた高杉くんが訝しむように眉を顰め、差し出された課題のプリントを見つめている。一方で、ミョウジさんは小さな頭をこくこくと揺らし船を漕いでいた。
英語の先生が病欠で自習になった四限目の教室内は、休み時間のような騒がしさだった。与えられた課題に取り組んでいる生徒は一部のようで、大半はお喋りしたり携帯を弄ったりとそれぞれが娯楽に勤しんでいる。かくいう私も、課題はそこそこに携帯で電子コミックを読んでいた。実写化が決まった大人気の少女漫画は、いわゆるイケメンの男子高校生がヒロインを甘い言葉の数々で口説くのが売りだった。私もこんな台詞を言われてみたい、と夢見がちなことを思いながらも、実際にこんな台詞を言う男子がいるのだろうか、と真っ当な疑問が浮かんでしまう。そしてその疑問は、すぐに否定される。ときめきたいのなら、きゅんきゅんしたいのなら、目の前の三人を眺めることが手っ取り早くて確実な方法であると、私はもう知っているのだから。
無法地帯になりつつある教室は、大人しく自身の席に座っている生徒の方が少ない。坂田くんの席は本来なら廊下側のはずだったが、ミョウジさんの隣の席の子に断って場所を借りたらしい。しばらくは背丈に合わない低い机で背骨を丸めて課題を解いていたのに、先程の台詞から察すると早々に行き詰った様子だった。
高杉くんはミョウジさんの前の席で、椅子をめいっぱい引いて座って、ミョウジさんの机に堂々と肘を置いている状態である。無言のまま坂田くんから視線を外した高杉くんは、一転して優しさを孕んだ目で、現実と夢の狭間をさ迷い続けているミョウジさんを見た。

「……ナマエ、寝るならちゃんと寝ろ。頭ぶつけるぞ」
「ハイ無視。これだから気も身長も短ェ奴は……」
「課題くらいてめェでやれや。また赤点取って泣きつくなよ」
「ナマエはともかくお前に泣きついたことはありませーん。勝手に過去を改ざんすんのやめてくんない低杉くーん」
「うぜェ」

言いながら乱暴な言葉とは裏腹に、ふらふらと揺れる頭を柔らかく撫でつける。そんな彼の手に誘われるまま導かれ、ミョウジさんは組んだ腕に顔を埋めて本格的に寝始めてしまった。身動ぎした後に小さい寝息が聞こえてくる。眠っているミョウジさんを一心に見つめ、薄っすらと口元をゆるませる高杉くんの顔といったら。
可愛いな、と思う。青少年には適さない表現かもしれないが、それ以外の形容詞は他に思い至らない。ミョウジさんも高杉くんも可愛い、と思う。そして坂田くんも私と同じことを考えているんじゃないかな、となんとなく思った。
見ているこちらがうら恥ずかしくなり始めたころ、坂田くんの腹の虫が鳴った。「腹減った」という欲望に忠実な言葉と共に。いつの間にか時計は正午を回っている。授業終了まで数分となく、痺れを切らした男子生徒数名がちらほらと教室を抜け出し始めていた。

「つーかもうチャイム鳴るじゃん。混む前に購買行こうぜ」

立ち上がった坂田くんの後に、高杉くんも続く。椅子をきちんと机に入れて元に戻し、考え込むように頭を掻いた坂田くんが、おだやかに眠り続けているミョウジさんを見下ろした。

「ナマエも今日購買だよな。一緒になんか買っとくか?」
「いつものでいいだろ」
「いつものってなんだっけ? カツサンドとコロッケパンだっけ?」
「違ェよ。カツサンドと焼きそばパンとあんバターだ」
「それとメロンパンとクリームパンね。ちゃんとデザートも買っとかねェと後で怒られんぞ」
「……細ェ身体のどこに入ってんだかな」
「そりゃ全部胸にいってんだろ……、って痛ってェ! 何すんだ高杉テメェ!」
「くだらねェこと言ってんじゃねェ。さっさと行くぞ財布係」
「誰が財布だ、誰が! ボンボンならお前が奢れチビ!」

セクハラまがいの発言を悪気なくする坂田くんを蹴り飛ばし、高杉くんは顔を歪ませたまま悪態を吐いて舌打ちした。柔らかく優しい表情を見せていた彼はどこへやら。凶悪な顔つきを見ると、やっぱり怖いな、綺麗な顔してるのにな……、と先程までの考えを改めてしまう。ミョウジさんと一緒にいるときは然程感じないが、彼らは基本的に近寄りがたい人物だということをまざまざと思い知らされる。
ぎゃあぎゃあと言い争いながら坂田くんと高杉くんが教室を出て行った数分後に、四限目終了のチャイムが鳴った。ぐっと肩を解すように伸びをし、すっかり途中で放置されていた電子コミックを閉じる。充分に満たされてしまい、続きを読む気分になれなかった。あれもこれも全部彼らのせいだ。少女漫画なんて目じゃないラブコメを素でやっているのに、付き合っていないなんて距離感がバグっているとしか思えない。男女どころか男同士の幼馴染みの範疇すら超えている気がするのは、絶対に気のせいなんかじゃなかった。
三人に当てられて食欲の減退を訴える腹の辺りをさすり、ランチバッグからお弁当を取り出したときだった。ガタンと椅子が引かれる音。それからギシリと木が軋む音。ミョウジさんが起きたのかと思い視線をちらっと向けると、目に飛び込んできたのは銀髪の彼だった。片割れのもう一人はいない。どちらがお金を払ったのかは定かではないが、袋二ついっぱいのパンを買ってきた彼は、一足先に教室へ戻ってきたらしい。
坂田くんは高杉くんの席に我が物顔で腰掛け、先程の彼を倣うようにミョウジさんの頭に手を伸ばす。高杉くんよりも大きく無骨な指がそろそろと前髪を撫でて、掻き分けて、剥き出しになった額に――。

「…………えっ?」

思わず、口から声が出てしまった。しまったと口を手で塞いだところで手遅れだった。私の声に気づいた坂田くんが顔を上げる。
一瞬だけキョトンと赤い目を瞬かせたかと思えば、にやっと意地の悪い顔で楽しそうに笑っていた。ミョウジさんに触れた唇をとんとんと指先で叩いて、シィと口止めをお願いするように人差し指を添えて。首を頷かせるしかなかった私を見ると、返答に満足したようにふっと息を吐き、証拠隠滅と言わんばかりに乱れた髪を手櫛で直し始めた。……ちなみに、高杉くんが教室に戻ってきたのはその直後のことだった。
机と椅子が立ち並ぶ教室内、その窓側の最後尾。平々凡々な学校生活を時には甘く、時には苦く。そしてほんの少しだけ胸を高鳴らせてくれる、私だけの特等席。
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