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最後の会議が終わった。解散の号令を合図に、集められた捜査官たちは一斉に立ち上がる。ある者は足早に会議室を退室し、ある者は捜査資料を片手に議論を交わしている。舞台は大詰めだった。今回の作戦が上手くいけば、降谷が金と年月を費やし、身を粉にしながら臨んだ、黒ずくめの組織の捜査が大きく進展することになる。
組織の裏切り者であり、FBI捜査官だった赤井秀一は既に死んだとされているが、降谷が暴いた真実は異なった。赤井秀一は生きている。と或る少年が立案した、素晴らしい計画によって。
赤井秀一の生存が揺るがないものになれば、後は簡単だ。同時期に突然、姿を現した不審人物を調査するだけだった。来日中のFBI、少年の周囲や血縁関係者。声帯や姿かたちこそ変わっているが、日本人離れした立派な体躯は簡単に誤魔化せるものじゃない。少年――江戸川コナンの遠い親戚の工藤優作が所有する豪邸に居候する、東都大学工学部の大学院生。もともとはアパートに住んでいたらしいが、火事に遭い家を失った際に、江戸川コナンから住居の提供を申し出されたらしい。それは余りに不自然だった。
何処の世界に見ず知らずの赤の他人を家に泊まらせる人間が居るのだろう。答えは簡単だ。大学院生――沖矢昴が赤井秀一で、彼の隠れ蓑に空き家だった親戚の家を差し出したのだ。
FBIの仲間を餌に、赤井秀一を誘き出す。身柄を拘束し、組織に献上する。幹部たちから徹底的にマークされていた銀の弾丸を手土産に、降谷は組織の中枢に食い込む算段だった。
いよいよだ。作戦は上手くいく。知らず知らずのうちに早くなる鼓動を抑え込みながら、降谷が本庁の廊下を歩いていると、背後から靴音が聞こえてくる。

「降谷さん!」
「風見か」
「今日の作戦、やはり自分はFBI確保の方に……」
「駄目だ」

ばっさりと申し出を切って捨てると、風見は何かを言いたげに口を開いたが、結局は声にならず唇を引き結んだ。恐らくは不満なのだろう。直属の上司が前線に出ると言うのに、部下である自分は本庁で待機を命じられ、悩んだ末に直談判しに来たのは想像に難くない。
悔しそうな表情を滲ませる風見に、降谷は丸めた捜査資料でポンと胸を叩いた。

「君は保険だ。もしも、奴の他にもうひとり居たら……。本庁で的確な判断を下せる指揮官が欲しい。現状のメンバーで僕の意を汲める人間は君以外に居ない。だから風見、君は此処で待機だ」
「……分かりました。しかし本当に居るんでしょうか。ジョディ・スターリング、アンドレ・キャメルの他に、赤井秀一を助力するような人間が……」
「ミョウジナマエ」
「はい?」
「彼女はFBIの潜入捜査官だ」
「…………ええ?!」

さっさと歩き出した降谷の後を追いながら「初耳です」と言う風見に、至極当然のように「言ってないからな」と返したのなら、今度こそ大仰に溜め息を吐かれた。「あなたという人は……」と小言まで言われ、ほんの少しムッとした降谷が口癖のように「ホォー」と間延びした感嘆詞を零すと、ワザとらしい咳払いをされた。失言の自覚はあるらしい。
降谷は足を止め、再び風見に向き直る。窓から差し込む夕日が眩しい。

「準備が整い次第、僕は工藤邸へ向かう。状況は随時メールで送れ。電話は緊急時のみにしろ」
「了解」

靴音を鳴らしながら立ち去った部下の後ろ姿を見送りながら、スマホを取り出す。午後四時四十四分。不吉だ、と可笑しい気持ちになって人知れず笑っていると、メールが届いた。差出人の名前はミョウジナマエ。
――今日の夜、お会い出来ませんか?
ナマエに好意を持っている安室透なら、二つ返事で了承したのだろう。しかしながら、今の自分は安室透じゃない。警察庁警備局警備企画課に所属する、公安警察の降谷零だ。
――お誘い頂いたのにすみません。今日の夜は都合が悪くて。またの機会に、ぜひ!

「またの機会があれば……ね」

ぼそりと呟き、ナマエへメールを送信し終わった降谷は、本庁を後にした。

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