トゥリからの手紙の残骸その2

2015.11.13.Friday


 昔、ウスコアと言う優れた種族がいた。
 彼等は優れた技術と、知識、能力を持っていた。
 しかし、ある夜、彼等は自分たちの王に呪いを掛けられる。
 それはウスコア以外の種族と契約しなければ化け物に姿を変えられ、ある条件を果たさなければまともに死ぬことすら許されない呪い。
 その日を境に、全ての頂点に立っていたウスコアは、一人ではまともに生きていけない、哀れな存在となった。(トトリ神話 第二章より)


 ウスコアに呪いが掛けられてから、千年の時が経った。
 人々は優れた能力を持ち、化け物に姿を変えるウスコアを畏怖していたが、一方でその利用価値に気付き、彼等を売買するげせんな輩も横行し始めていた。また、呪いの影響で不老不死となった彼等から、妙薬が作れると思い、彼等を狩る者まで現れていた。
 かつて繁栄を誇ったウスコアは今や、家畜に等しい扱いを受けていたのである。
 しかし、ウスコアも黙って見ている程甘くはなかった。元々全ての存在の頂点に立っていた彼等である。床に這い蹲り、醜い思いをしても、栄光の日々を忘れる事はなかった。むしろ、気の遠くなる日々は、彼等に生へ繋がる憎悪と、反旗を翻す機会を設けてくれていた。
 一度契約を交わしたウスコアは、十年間、もしくは契約者が死ぬまで化け物になる恐怖に脅かされることなく過ごすことが出来る。そこに幾らかの制限は発生するが、その制限さえ気にしなければ力を存分に奮うことが出来る。
 例えば、契約者を軟禁し、好き放題暴れる等。
 契約を交わしたウスコアは、本来の力ーー火、水、土、風の四元素を操ることが出来る。治するのは非常に困難であった。
 それ故、契約を交わしたウスコアは、度を超えた行為をする仲間を退治することを生業とする者がいた。
「近頃、この辺でウスコアが出るらしいぞ」
「野良か?」
「いや、違うみたいだ。目撃者によると、そいつは水を操っていたらしい」
「魔法使えるなら、既に契約者いるんだな。じゃ、いらねえや。誰かさっさと退治してくれねえかな」
「すみません、通してください」
 喋りながら歩く男達の間を、一人の金色の髪をした少女が林檎の入った紙袋を抱えながらすり抜けようとする。
 しかし、焦りすぎたのだろう。少女は自分の足に躓き、そのまま道に転んでしまう。同時に林檎が道に転がり、少女は自分が転んだ云々よりも、散らばってしまった自分の食事に慌てふためき、謝りながら必死にそれをかき集め始める。
 いたたまれなくなった男達も共に林檎を拾うのだが、一人が少女の手の甲にある痣に気付き、もう一人に目配せする。
 ウスコアと契約者には、手の甲に独特の形をした痣が浮かぶ。この少女が契約者かどうかはこれだけでは分からない。しかし、手首に巻かれている奴隷の印である鉄のプレートを確認した途端、男達の目の色が変わる。
 少女のプレートは、十年前から猛威を奮いだしたパヒン国のものであった。パヒン国はウスコアの奴隷を多く抱えている。よって、この少女がウスコアである確率は格段に高くなるのだ。
「ありがとうございます……!」
「ならお礼にさ、お前の契約者殺して、俺と契約してよ」
 突然の申し出に、少女の笑顔が凍り付く。
「契約者殺せるんだろ? なら良いじゃん。すぐ俺と契約したら化け物になることはないんだしさ。悪いようにはしねえから、なあ」
「あの、私……知りません」
「嘘はいけないな、このプレート、奴隷のものだろ?」
 隠そうとした手を掴み上げられ、パヒン国のプレートが露わになる。
 途端、少女の顔が恐怖に染まった。
「やめてください……! お願いですから」
「へえ、天下を治め、俺らを見下していたウスコア様がお願いってか。たまんねえな」
「離してください!」
 少女の悲痛な叫びを上げたと同時だった。
 少女の手を掴んでいた男の髪が燃えたのは。
「何だ、なんだこれっ!」
「お前らが欲しがっていたウスコア様の能力だよ」
 あからさまに不機嫌な男の声がした。
 少女を放り出し、消火活動に励んでいた男達は突如聞こえた声に警戒し、即座に声がした方へ構える。彼らの視線の先、そこには逆行を背にして立つ、一人の男の姿があった。
 男は面倒くさそうにため息を一つ落とすと、ゆっくりと彼らへと歩み寄っていく。
「選べ」
「は?」
 何のことか分からず、素っ頓狂な声を上げる彼らへと、焦げ茶色の髪をした男は再びため息を一つ落とし、パチリと指を鳴らす。直後、男の手の平に、橙色の小さな灯火が生まれた。
 通常ならばあり得ない光景に、二人の男は息を呑んで怪しく揺らめく灯火に見入る。それは未知の出来事に対して人間が取る至極普通の行為である。しかし、彼らはタイミング。そして何より人選を見誤った。 
「だから、カリッとウェルダンに焼かれるか、とっととこの場から尻尾巻いて逃げるかって聞いてんだよ! さっさと答えろ! 火葬するぞ!」
 怒号と共に、灯火が火柱へと姿を変える。
 ごうごうと音を立てて燃えさかる炎を前に、男達は脱兎の如くその場から逃げ去っていった。
 腰抜け共めと忌々しげに呟き、男は少女へと歩み寄って手を差し出す。本来ならばここで少女から感謝の言葉が出るのが筋というものだが、予想外にも少女は男の手を払い、何てことをするんですか。と、怒りを露わに男を睨みつける。
「何だよ、じゃああのまま放っておけば良かったのか? 契約なんて出来もしないのに、あいつ等に淡い期待をさせて? それって詐欺じゃねえの?」
「そんなことは誰も言っていません。誰だって、きちんと話し合えば理解してくれるものです」
 はっきりと言い切った少女に、男は呆れたように笑い、
「……イハナ、お花畑も大概にしておけよ」
「し、失礼ですね、私は事実を述べただけです!」
「分かった、お前頭悪いな。医者でも行こうか」
「トゥリ、あなたはどこまで失礼なんですか!」
「はいはい、もう行くぞ。あれ? 脳内お花畑の夢見る夢子ちゃんは腰が抜けて立てないようですねぇ。 そんな状態で話し合いなんて出来るんですか?」
 イハナと呼ばれた少女の顔が見る見る内に真っ赤になり、そして晴天の空のように青い目に涙が浮かんでいく。
 涙をこぼさんとばかりに、必死に瞬きを堪えるイハナに呆れたようにため息を吐き、トゥリという名の男は、小刻みに震える頭に手を置く。途端、イハナの華奢な肩は飛び上がるが、それを気にせず、眉間に皺が刻まれたまだ幼い顔をのぞき込む。
「喧嘩はどうなった方が負けだった?」
「……泣いた、方……です」
 言うと同時にそれまで耐えていた涙が決壊し、イハナは両手で涙を拭いながら俯いた。
 静かに嗚咽を漏らすイハナの頭を優しく撫で、トゥリは腰が抜けてしまい、立てなくなった少女を軽々と背負うと、足早にその場を去った。
 半泣きで自分の主張を訴える少女を支えている男の手の甲には、彼女と全く同じ形状の痣があった。
 イハナとトゥリ。
 この二人は人と契約者とウスコアであった。
 先に述べたとおり、今、契約を交わしたウスコアの中には己の力を思う存分に奮い、世の平穏を乱す者。もしくはウスコアの能力を利用し、悪事に利用する契約者がいる。
 ウスコアは不死の呪いを受けており、ただでは退治することが出来ない。しかし、そんな彼らでも命を落とす方法は二つあった。
 その内の一つが、ウスコア同士の戦いである。
 彼らは個体ごとに体内に一つの元素を持っている。それを別のウスコアの能力で破壊すれば、呪いを受けた哀れな民は永遠の安らぎを得ることが出来るのだ。
 すっかり静まりかえった夜の町を、二つの人影が歩いていた。
 街灯もないこの小さな町は、夜になれば灯火を。無ければ月明かりを頼りに歩くしかない。
 この人影はどうやら後者のようで、月明かりを頼りにゆっくりと進んでいる。内、先頭を歩く影は暗闇で歩き慣れているようで、階段や障害物をあっさりと避けている。
「なぁ〜にがウスコアだよォ。なんで俺たちがそんな奴らに外出制限を……いちごメロンパンは何パンですかぁ〜」
 そんな折り、二人が進む通路の先に一人の男がふらふらと出てきた。
 どうやらこの男、随分酒を飲んでいるようで、足取りは愚か、言動さえも支離滅裂となっている。
 男の姿が露わになった途端、先頭の人影が殺気を放つ。と、ほぼ同時に、それは合掌をするように両の手の平を合わせた。次の瞬間、離された手には、二メートルを有に越すであろう水で出来た槍が握られていた。
 水で形成された槍は月の光を浴び、鈍く白い光を放つ。
 その光が刃先から柄にかけて反射された時、人影はまるでその反射が合図であったかのように、男に向かって駆けだした。
 その動きはカモシカのように柔らかく、ハヤブサのように俊敏で、そして猪の突進の如く強固であった。
 跳躍により地面のタイルが破壊された音により、男は何だと顔を上げる。
 最初、男は自分が置かれた状況を理解していなかった。
 だが、月明かりに照らされた水の槍の光により、何かがこちらに向かっていることに気付く。気付いたのだが、
「ありゃー、こりゃまたえらくすばしっこい猫だなぁ」
 すっかり酔っぱらっていた男の頭は、槍の光を猫の目だと誤認するに留まってしまっていた。
 そのぼんやりとした人生は、猫の目と誤認された槍によって終わるかと思われた。
「おいおい、このおっさん、殺さなきゃいけないようなタマかよ」
 呆れたような声と共に、頭上から一人の男が飛び降りてきた。
 男が地面に手を付けると共に、軽い爆発音と共に炎の壁が地面から立ち上がる。
 突如現れた横槍に対応できず、水の槍の槍は炎の壁と正面からぶつかり、周囲は水の蒸発音と、それに伴って発生した水蒸気により、聴覚、視覚共に奪われる形となった。
「……チッ!」
 槍を失った人物は忌々しげに舌打ちをしながら、後方へと飛び退く。その際に後ろに控えていた仲間とぶつかるが、それを気にも止めず。また新たな槍を生み出した。
 周囲は朦々と立ち上がる水蒸気により完全に視界を塞がれ、蒸気特有の息苦しさで呼吸をすることすら困難である。
 蒸気により肌にへばりつく衣類を投げ捨て、槍の人物ーー無骨な男は突然の邪魔者によって苛立ちを隠しきれない目で霧の奥を睨みつける。直後
霧の奥が橙に明るくなったと認識すると同時に、目の前を覆い尽くすような炎が、目の前の霧を払った。
「よぉ、お仲間さん。こんな夜遅くに何やってんの?」
 手の平に炎を浮かべながら、突如現れた男ーートゥリは友好的な言葉とは裏腹に高圧的な笑みを浮かべて質問を投げかける。
 そしてトゥリの後ろには、酔っぱらいを抱えて「いちごメロンパンは菓子パンです」と返答しているイハナの姿があった。
「同士よ、退け。我々には再びこの世を統べる権利がある。そのためには今この世に溢れかえるこの種を淘汰せねばならん」
「淘汰って、俺たちもう人がいなきゃ生きられねえぞ。みんな仲良く化け物になれってこと?」
「違う。我々が生きるに必要な数の人のみ残すのだ」
「勝手だねえ。あんたの契約者もそれを望んでいるのか?」
 ぶつかった拍子に倒れていた人物は、トゥリの言葉に僅かに肩を跳ね上がらせる。その反応に、トゥリは尚も酔っぱらいのしどろもどろの言葉に真剣に返答するイハナを呼び寄せる。
「話し合いをすれば分かり合えるんだろ? 出番だぞ」
「……はい。あの、私、イハナと申します。ええっと、パヒン国の……」
「自己紹介は要らん。早く本題に入れ」
「すみません……。あの、少しお話しませんか? あなたも望んでいるのですか? もし、そうじゃないなら……」
「煩い! 黙れ!」
 上擦った拒否の声と共に、水の槍がイハナの心臓めがけて猛進する。
 すかさずイハナの首根っこを捕まえて攻撃をかわしたトゥリは、やっぱりな。とどこか寂しげな呟きを残し、男へと炎の弾丸を放つ。
「俺は、俺はこの力で頂点に立つんだ! この力があれば、誰も俺を傷つけない。刃向かわない! ははは、ただの百姓の息子だった俺が天下を取るんだ! 邪魔をするな!!」
 トゥリと交戦する男の後ろで、契約者である少年は狂喜に駆られたかのような邪悪な高笑いを残す。
 呆然とするイハナを酔っぱらいの元に放り投げ、トゥリは彼らの前に再び炎の壁を作る。
「待ってください、まだ話し合えます!」
「平和ぼけもいい加減にしろ! 世の中はお前が思い描く仲良しこよしが通じるほど甘く無いんだよ! 現にこれが現実だ!」
「でも……!」
「でもなんだ。お前はここでこいつらに無惨に殺されるのが望みなのか!? 違うだろ! 理想はお前の好きな絵本の中で描け!」
 何も言い返すことが出来ず、イハナは唇を噛みしめて俯く。
 自分の考えが甘いということはひがなさんざん言われている。しかし、彼女は諦めたくなかった。誰もが笑って、平和に過ごせる世の中を。
「だからって、行動にしなければ、理想は所詮理想のままじゃないですか!!」
 泣きべそをかきながら、イハナはプレートの着いた左手を炎の壁にかざす。直後、それまで轟々と音を立てていた炎の壁が、イハナを通すようにして楕円形の穴を開けた。
 ウスコアと契約した者は、その力の一部を使うことが出来る。
 本来の持ち主であるウスコアと比べると、その能力は遙かに劣るが、それでも異能の力を操れることには間違いない。
「イハナ、危ないから早く戻れ!」
「危ないのはトゥリの方じゃないですか!」
 こっそりイハナの後を付けた男は、自身より一回りも小さい彼女の背に隠れるようにして炎の壁の向こうを覗く。
 途端、男は息を呑んだ。何故ならば、あれほど優勢を保っていたトゥリが、外壁に半ば埋もれるようにして崩れ落ちていたからだ。
 イハナの出現に気付いた槍の男は、それまでトゥリに向けていた刃先を反らした。そして、止めろとトゥリが物議を申し立てる横で、その切っ先をイハナへと向ける。
 背後で男が上擦った悲鳴を上げる声を聞きながら、イハナは大きく息を吸い、そしてゆっくりと口から吐く。
 契約者と離れたウスコアは、その距離と時間に応じて能力の限界値が下がっていく。元々水と火という相性の悪い相手だったが故に、イハナと離れたこの数分間は挽回し切れぬ力量の差を生み出していた。
 大きく深呼吸をしたイハナは、伏せていた青い目をまっすぐに槍の男。そしてその後ろに控える契約者へと向ける。
「貴方達は、本当に多くの人を滅ぼすことを望んでいるのですか?」
「……小娘。くどいぞ」
「おい、もう面倒だからやっちまおうぜ」
 心底面倒だと言うようにため息



 何かを決意したように前を向き、イハナは炎の壁に手をかざす。
 直後、イハナの契約者の力に反応した炎は、彼女を通すようにして楕円形の穴を作った。
「契約者は、ウスコアの力を少し借りることが出来るんです」
 どこか得意げに微笑んだイハナだったが、周囲にトゥリの姿がないことに気付いた直後、その表情が青ざめる。
 続いて恐る恐る外へ出、道が破損していることに驚愕した男を置き、イハナは弾かれたように走り出す。
 契約を交わしたウスコアは、契約者の近くにいればいるほど強い力を出すことが出来る。しかし、逆を言えば、契約者との距離が離れれば、その力は落ちていく。
 そのため、トゥリも、先の槍の男も、自身の契約者が戦闘に向いているとは言い難いにも関わらず、側に置いているのである。
 しかし今、トゥリはイハナの把握できる距離にいない。それに反し、ここに姿がないことから、槍の男は契約者を側に置いていることだろう。
 これだけでも力量の差は大きい。だが、さらに不運なことに今回の相手は火の力を司るトゥリとは相性の悪い水使いである。
 相性も悪く、

その2完!

もう、途中で何があった!?
の一言に過ぎます。
この時はまだトゥリが血の気が多く、サデは筋肉ムキムキの100%敵でした。
また、契約者はウスコアの能力を一部借りることが出来る。ウスコアと契約者は離れてしまうと能力が低下する。という設定が表に出ていました。
これはそこそこの文字数がありながらも、このまま行くと文字数がどうあっても足りない&ふざけすぎじゃないか? という点からお蔵入りになりました。
あと、メロンパン。なんだあれ。そう思いつつ、イハナの返しにああなるほどと納得している自分がいました。書いたのあんたでしょうが。

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