【第8話:二人のつくづく続く日々】

「声が、聞こえるんだよ」
「四辻先に精神科あるけど?」

突然の告白に思考停止しかけた頭は、迅速かつ的確な答えを返した。

「頭がおかしい人間に勝手にすんな」
「数秒前の自分の発言、思い返してくれない?」

さすがに幻聴はよろしくない。早急に頭を輪切りでもなんでもしてもらって、徹底的に調べてもらうべきだ。

「というわけで、そいつを探せ」
「お断りします」
「何故だ」
「私が逸般人なのは認めるけど。だからといって、超能力の類は使えない」

三仏神のせいで、三蔵の監視下に置かれることになった。絶対服従の命令に後にも先にも引けなくなった私は、こうして今日も三蔵の世話になっている。

拒否権のない状況に同情したのか、はたまた単に寺に住まわせておくには似つかわしくないと判断したのかは分からない。

新たな住処として慶雲院の裏手に位置する家を譲り受けたものの、長らく家主が不在であった家は、扉のペンキが剥がれていたり壁が一部壊れていたり……まあ、目下修繕作業中なのである。

これで廃墟寸前、お化け屋敷同然の家であれば丁重に遠慮申し上げていたところだが、室内の手入れは行き届いており、まったく住む分には問題無い。家を探す手間が省けたことには、感謝すべきだ。

「立ち話もなんだし。中入れば」

午後の暇つぶしにブチブチと引っこ抜いていた家の周りに生えていた雑草をバケツへと放り込むと、両手を叩いて土を落とす。

「コーヒー」
「紅茶派だから置いてない」
「次から置いとけ」
「どれだけ入り浸るつもりなの?」
「監視だからな」
「お茶飲んで、ご飯食べて。煙草吸ってるのが監視?」

飽きもせずに仕事をほっぽり出してきたらしい三蔵は、我が物顔で椅子に座っている。私よりも家主らしい態度に、これではどっちが家主か分かったもんじゃない。

「声の主を探して連れて来いって。普通に無理だから」
「なんでだよ」
「三蔵の脳ミソを取り出して、私の頭に移し替えたら可能性はあるかもね」

三蔵が歩くダウジング装置になってくれるなら、ついていってあげてもいいよ。そんな一言を付け足して、ティーカップを傾ける。我ながら、望み薄な提案だ。結局お前が働け、と暗に言っているようなものだ。三蔵が同意するとは思えない。

「それもアリか」
「なんだって?」
「はあ?」
「えっと……三蔵が探すんだよ?」
「一発殴ってやらねえと気がすまねえんだよ。そっちの方がどう考えても手っ取り早いだろ」

ぽとん、ぽとん。動揺のあまり、甘さの足りなかった紅茶へと落とした角砂糖の量が多すぎた。

思わず渋面になったのは、一転して香りの欠けらも無くなって、下品な甘さしか感じない紅茶のせいか。それとも、目の前に座る彼の口から、耳を疑う言葉が飛び出したせいか。

ともかく、三蔵の頭に一方的に語りかけている人物へ『全力で逃げろ』と言いたくなる。悪いことは言わない。やると言ったら全力でやる男だ。短い付き合いで嫌というほど、その事実は身に染みて理解していた。

「というわけでだ。紫雨、行き先の検討をつけろ」
「…………私の話、聞いてた?」



そんな会話を交わしたのが、四日前のことだ。

正午の鐘が鳴ると同時に、身支度もそこそこに三蔵によって拉致られた。散らかった執務室の様相は酷いもので、朝っぱらから連れ去ることをせず、正午まで待ってくれたのは彼にとって最大限の譲歩だと悟る。

「手間賃だ」
「あ、どうも」
「受け取ったな。最後まで付き合えよ」
「数秒前の私を全力で止めてほしい」

怒涛の勢いで積み重ねられていく書状。山となったそれを仕分けし、宛名を書くべく筆を走らせる。

書いても書いても終わらないそれに、恨みがましい視線を送れば、仕事を溜めた張本人の左手が新たな書状を眼前に突き付ける。

「他所見する暇があるなら手を動かせ」

普段なら、こんなに仕事を溜めるような真似を三蔵はしない。適度にサボり、程よく手を抜きながら仕事をこなす。だから溜まりに溜まった書状のせいで、本来の机の色が見えなくなるほど仕事を溜めるのは珍しい。

かれこれ三日家を訪れなかったのは、見ての通り多忙を極めていたせいであるらしい。なるほど、合点がいった。

「仕事の引き継ぎ?」
「しばらく寺を空ける」
「……そうなんだ。いってらっしゃい」

事細かに紙面に書かれた情報を口に出せば、書類仕事に忙殺されている理由がサラリと告げられた。

眉間に皺を刻んで『何を言っているんだ?』と、たいそう怪訝そうな顔をした三蔵が口を開きかけたと同時に、執務室に飛び込んできた坊主によって更なる書状の山が持ち込まれる。

途端、もうお手上げだと言わんばかりに頭を抱えた三蔵に向けて、ひっそりと内心声援を送ることくらいしか、今の私には力になれそうにない。

ここで有耶無耶になった言葉が、どれほど重要であったのか。それに気付いたのはひと騒動起きてからということを、この時の私はまだ知らない。

二人のつくづく続く日々

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