「ねぇ、怒ってる?」


「怒ってないけど」



そう主張する目の前の鳴の声色はいつもに比べてとても低く、眉間にも皺を寄せていて、誰がどう見ても機嫌が悪いと丸わかりだ。少なくとも私が知っている数年の中ではこれまでで一番といってもいいほどに怒っている。それでももう何度目になるかわからないごめんなさいを伝えるのは鳴の怒りの原因が自分にあるからだった。



「いや怒ってるじゃん、ごめんね?」


「だから別に怒ってないってば。誰かさんが一也のユニフォームを着て試合観に行ってたことなんて俺には関係ないし?」



理由は全て今の言葉通り。“鳴ではなく御幸くんのユニフォームを着て野球観戦に行ったこと”・・・それが鳴の機嫌を最高潮に悪くさせていた。言い訳としてはこの間友人と試合を観たその日、どうせ一緒に観るならと御幸くんのファンであるその子にユニフォームを渡されて、それをそのまま着て応援していたら運悪くラッキーセブンのときのファン代表の応援カメラに選ばれて「御幸選手頑張ってください」という映像が球場に流れてしまった。それだけだ。そのたった一日の出来事にもかかわらず、まるで私が浮気でもしたかのように鳴は怒っている。



「御幸くんのユニフォームを着たのもそれっきりだよ。特別ファンじゃないからグッズとかも買ってないし」


「へぇ、なまえってばファンでもない男の名前が入った服着るんだ?」


「そういうわけじゃないってば」


「じゃあどういうわけなの」



どうやら墓穴を掘ってしまったらしく、少し落ち着きを取り戻しつつあった鳴がまた顔をしかめる。鳴が御幸くんと因縁があるということは聞いていたけれど、たった一回ユニフォームを着たくらいでこんなに機嫌が悪くなってしまう相手だなんて聞いていない。一体なんでこんなことに。



「鳴、」


「・・・」


「鳴ちゃん」


「・・・」



付き合ってから何度か喧嘩したことはあるけれど、今回が今までで一番めんどくさいかもしれない嫉妬深い鳴に対して、何をすれば私を許してくれるのか。と考えた結果、私は背を向けながら怒っている鳴を後ろから抱きしめた。



「ねぇねぇ」


「・・・そんなんで許されないからね」



普段あまりべたべたしない私が自分から抱きついたことが予想外だったのか、鳴は驚いたようにうろたえながらも意地を張る。どうやらあと一押しらしい。抱きつく、でもだめだとすると残された選択肢はあと一つ。



「私が好きなのは鳴だけだよ」


「・・・」


「かっこよくてかわいくて俺様で、そんな鳴が大好き」



鳴のことを最大限に褒めながら好きだよ、と伝えると、さすがに恥ずかしかったのか少し顔を赤くさせた鳴が私の方を向いた。どうやら許してくれる気になったらしい。けれど今度は面白いものを見つけた子どものように輝く大きな鳴の目が私を捉えていた。



「ねぇ、ちゃんと目見て言ってくんない?」


「え」



嫌な予感がして抱きしめていた手を離し、後ろに後ずさる。もそれを許してくれない鳴がジリジリと私を壁へと追いつめてくる。このままじゃまずいと思いながらも鳴の鋭い目からは逃げられるはずもなく、 私の背中は壁へとくっついていた。



「一也より俺のことが好きだってこと、わからせてよ」



さっきまでの不機嫌はどこにいったのか、いわゆる壁ドンをしながら楽しそうに笑う鳴を見ながら、あの日軽い気持ちで御幸くんのユニフォームを着たことを死ぬほど後悔した。


200701


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