そして振り出しに戻る
山ぶ鬼嬢が天女に選ばれたことで、相対的に残りの二人は偽物になった。焦りに焦った彼女達の親族は、多額の金品と引き換えに身柄の解放を願った。保釈金のようなものなのかもしれない。
現状、これと言って身元引受人のいない名前は、一先ずドクタケ城預かりになった。ーーこれにて、タソガレドキの思惑通りの展開である。

***

儀式を終えた名前は、初めに通された控えの間に座していた。
対面には、相変わらず胡散臭い五条弾と、名前をここまで連れて来たドクタケ忍者と、それからもう一人……

「雑渡昆奈門。タソガレドキ忍軍の忍び組頭をしている。よろしくね」

機械的に紡がれた挨拶と共に、ヌッと突き出された大きな手。
他を圧倒する巨躯と、そこから繰り出される規格外のプレッシャー。
握手を求めるにしては、いささか愛想と友好性に欠ける彼こそは、名前が内心“大男”と呼称する、全身包帯塗れの“あの人”であった。

「よ……ろしく、するつもりはないです。貴方とてつもなく怖いし、名前変だし、天女のこと平気で殺せそうだし、関わりたく無い、です」

名前の手のひらどころか、顔まですっぽり覆ってしまえそうな程デカイ手が、その一言で静かに下げられる。てっきり、不遜な態度を理由に怒られるかと思ったが、予想に反して相手は「意外と賢明だね」と呟き、目を細めるに留めていた。……それはそれで怖いが?

「その様子だともう分かっているみたいだけど、特に異論がないようなら、天女様は今後ウチに来てもらうことになる。君をうまく飼い慣らせば、我が国は天下取りも夢ではない。ドクタケが自ら隠れ蓑を買って出てくれたお陰で、当分他の雑魚どもの相手をしなくても済むし」

淡々と語る大男……改め雑渡昆奈門は、一通りえげつない本音を語ったのち、やがて不思議そうに首を傾げた。

「さっきから思ってたけど、君は私から目を逸らさないんだね。それは勇敢とは言わない。無謀と言うんじゃないかな」
「は!?」

急な罵倒に、つい反射的に噛み付いてしまった。
この包帯男め、人がどれほどの覚悟でコイツの目を睨んでいたか知りもしないで!……先人の知恵の一つに、ある日森の中クマさんに出会ったら、いたずらに逃げたり死んだフリをするより、真っ直ぐ目を見て後ずさる方が有効的、という説がある。つまり、自然界では先に尻込みした方が弱者と見做される。これは、命と尊厳を守るハッタリ行動なのだ。

「それさぁ、ハッタリをハッタリと認めたら意味ないんじゃない?」
「……天女、自分に嘘はつけないので」
「じゃ、本題に移ろうか」

最近、この手の反応をされることが多くて寂しい。

***

雑渡昆奈門の話によると、タソガレドキは、ドクタケに“薬入り免罪符”売買に関しての基礎的な知識を授け、かつ強固な後ろ盾となることを対価に、山ぶ鬼嬢を“真の天女”として擁立させた。
最初は、名前を手に入れるまでの目眩しのつもりだったが、名前が天女に戻ることを望まなかったため、替え玉作戦の長期化を決めたのだ。

「……分かんないです。いや、わかるけど、でも分かりません。天女は確かに本物みたいですけど、特別なパワーとかは持ってないし、貴方達が天女に固執する理由が分からない。ほったらかしにして勝手に死なれたら困るから監視したい、ってなら納得だけど、それなら天女をどこの国に置いておいたって変わらないわけで……」

ろくろを回すような仕草をしながら、あーでもない、こーでもないと思い悩む。
すると上司の手前ゆえか、今まで黙していた五条弾が口を挟んできた。

「いいえ。実はね、天女様には“力”があるんです」

奴にしては珍しく、内緒話をするような小声である。
思わず面を上げた名前に、彼は意味深に微笑みかけた。

「あまり表沙汰にはなってないですけど、歴代の天女様には、それぞれ異能と呼ぶべき力が備わっていました。きっと、今代の天女様にも“それ”はある……。だからね、我々としては正直どうでも良かったんですよ。天女様が表舞台に立とうが立つまいが。然るべき時、貴女が我らの懐にいれば、それで良いのだから」

***

結局最後まで、五条弾の口から異能の詳細が語られることはなかった。
金楽寺の和尚は、そんな話一言も教えてくれなかったが。
単純に知らなかったのか、それとも意図的に口をつぐんだのか。
どちらにせよ、今の段階では分からないことが多すぎる。

……そういえば、あの“狂信者”達がいきなり暴れ始めた理由も分からないままだ。仮に、名前の存在が暴走のトリガーになっているとしたら、それこそが異能の正体と言えるかもしれないし。
やはり、あの和尚とはもう一度じっくり話し合う必要があるだろう。

「ひとまず君はドクタケ預かりになっているけど、君が良しとするなら、今すぐにでもタソガレドキに来てもらいたい。……我々と共に来れば、“天女”の歴史についても知る機会が増えるよ。五条から報告を受ける限り、君は歴代の天女に比べ、元の世界への執着が強いようだ。帰還の手掛かりを探す手伝いをしてあげようか」
「え……」

そんな時、“考える人”の像まんまのポーズで硬直していた名前の耳に、とびきりの甘言が落とされた。
釣り針が大きすぎるので、さすがに一も二もなく飛びつくような愚行は犯さないが、名前は思わず肩を揺らしてしまう。
……確かに、奴の提示した条件は魅力的だったのだ。
誰もが天女を“帰したくない”と願うあまり、天女にまつわる情報が非常に限られている現状……。タソガレドキ忍軍の勢力を駆使すれば、或いは新たな鍵を手に入れられるかもしれない。
でも、天下取りとまで言ってのけた彼らが、果たして本当に名前を手放すのか。それは正直、とても怪しいところだ。
忍者とは、迂闊な口約束など交わすべきではないと思う。

「……有り難い申し出ですけど、でもやめとく。天女、貴方達に借りを作る気はないので」

ここまでさんざん踊らされてきたのだ。もう同じ轍は踏みたく無い。
注意深く断りを入れると、雑渡昆奈門は薄く笑った。

「借りねぇ。じゃあ、こうは考えられないかい?天女として、タソガレドキのために尽くす“報酬”と」
「……天女は、まだ異能とやらを開花させてない。死ぬまで何も出来ないかもしれない。そしたら天女は、貴方達が期待する天女としての役割を満たせない。結果負債になります」
「これはこれは。見かけの割に慎重なお嬢さんだ」

ーーそれが、奴の締めくくりの言葉だった。
気が付けば、あの巨体は影も形もなくなっていたのだ。

「き、消えた……」
「まぁ〜うちのお頭ですからね。これくらいはお茶の子さいさいです」

最後の余韻も消えぬうち、重く淀んだ空気を切り替えるように、パンパンと手を打つ音が響いた。
振り返るまでもなく、五条弾の犯行である。
奴は、唖然とする名前の前に移動し「それはそうと」と語調を改めた。

「さっき……儀式の時。天女様、我々を試しましたね?自分にどれだけの価値があるのか、咄嗟に見極めようとしたでしょう」

にっこりと笑う彼の目は、しかし恐ろしい程に感情を映さない。
何と答えるべきか考えあぐね、名前は束の間無言になる。
すると、五条弾はあっさり追求の手を引きーーなお一層笑みを深めた。

「天女様、その小賢しさと行動力は貴女の美徳かもしれませんが、発言の際は時と場合を考えてくださいね。これからは、あんまり、そういう可愛いことしないでください。……私、ついうっかり手を出したくなっちゃうので」
「……ッ!」

その瞬間。名前は無意識のうち、彼の体を全力で押し退けていた。
それとほぼ同時に「五条さん!!」と、ドクタケ忍者が焦ったように叫ぶ声も聞こえた。
名前は相手の体を突き飛ばした(つもりだ)が、あまりにも体幹レベルに隔たりがあったため、結局押し負けたのは名前……。名前はそのまま仰向けに倒れ、硬い板の間にしたたかに後頭部をぶつけたのであった。

「いっっったぁあ!?」

頭を押さえてゴロゴロと転がる名前に、しかし悲しいかな……差し伸べられる腕は無し。
一番近くにいたはずの五条弾は、何故かドクタケ忍者に羽交締めにされ、名前から離れた位置に移動させられていた。

「何だよ尊奈門、大袈裟に叫んだりして」
「い、いや……今、本当に天女様を殺そうとしているように見えたので……つい……」
「あはは、そんなわけないだろ〜。冗談の通じない奴だな」
「う……すみません……」

なんだか物騒な会話だが、名前は頭が痛いのでそれどころじゃない。
触った感触からして、明らかにタンコブが生成されているんですけど。

「もう嫌だぁ」

ついでに擦れて血の出た頬を摩りつつ、名前はトホホと肩を落とした。
コイツらの怒りのツボが全然分からない件について……。

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