04
名前達の脱落により、天女の座は三人の候補者の手に委ねられた。
しかし、無理からぬ話ではあるが、山ぶ鬼嬢を除く二人の候補者は、どちらも揃って顔色が悪い。御簾に隠れて見えずとも、牛車の中で様子を伺う彼女達の身内も、恐らく同様の顔色をしているに違いなかった。

名前は当初、今回の天女比べが派閥派の出来レースであると読んだ。
だけど実際は逆で、これはタソガレドキが仕組んだものだった。
タソガレドキは、オーマガトキの五条弾に然り、各地に無数の間者を送り込んでいる。先程、貴族の屋敷から赤ん坊を連れて来たのも、恐らくは乳母か何かになりすましたタソガレドキの間者……。
それと同様のことを他の派閥派にもしているとしたら、奴らが各家を揺さぶる弱みを握っていたとて不思議ではない。
そして何より、次代を担う直系の男児ーーそれを、いとも容易く連れ出してみせたという事実が、何にも勝る脅しとして機能したはずだ。

(本当なら、ここで天女が勝つはずだった……?)

タソガレドキが画策していた、名前に天女としての箔をつける作戦。それが今回の天女比べを指していたとすると、名前の独りよがりな行動により、計画は白紙に戻ったことになる。
だが、それにしては反応が薄いと言うか、むしろ名前の案に乗り気な様子さえあったしーー仮設を立てるにしても、今一つ説得力に欠ける。

(それを言うなら、忍術学園が協力的だったのも謎だ)

要領を得ない思索は、何度繰り返しても堂々巡りするばかり。
とは言え、天女比べはまだ終わったわけではないのだ。
名前は、取り残された山ぶ鬼嬢に同情の眼差しを向けた。

***

拘束された名前は、見知らぬ忍者の手により舞台の裾まで引きずられた。ここなら、正面に座す人々からは死角になっている。
一足先に退場した先程の女性は、父親共々城を去ったらしい。
その後ろ姿は、実際の身長より遥かに小さく見えた。

(いつか立ち直れると良いけど、やっぱり難しいだろうな)

他ならぬ実父の裏切りは、きっと胸に堪えたはずだ。
貴族なんてのは、大概つまらぬ欲に支配された生き物である。あの子も、親子の情に流されたりせず、さっさと割り切れるような性格だったら良い。我が子を道具としか思わぬ親なんて、ただ同じ血が流れるだけの他人だから。
血は水よりも濃いとか言うが、それがいかに残酷な言葉であったのか、名前はこの世界に来るまでちっとも知らなかったのだ。

(そんなこと口に出したら、即袋叩きだろうけども)

馬鹿な考えを打ち消すように、名前は大きくかぶりを振った。
名前の思想は、この世界では間違いなく異端なのだ。
死が遠い世界を故郷とするからこそ、命に対する捉え方が異様なまでに潔癖化する。
名前だって、もし元の世界で「オムライスはヒヨコさんが可哀想だから食べれない〜」とか言い出す人間がいたら、その無知と愚かさを心の底から軽蔑すると思う。
この世界における名前の発言は、きっとこれと大差ない。
でも同時に、生き物の命を軽んじるこの世界の人々のことを、名前自身も、無意識のうちに見下している。彼らの主義は、文化の未熟さがもたらす野蛮な振る舞いに違いないとして……。なんて傲慢な。

家族の形だって、時代が変われば大きく変化するのだ。
この世界の人からすれば、あの貴族男性の判断は正しいのだろう。
名前が語るのは、全て理想論の絵空事にすぎない。
……それが、時々とても苦しい。どう足掻いても、水と油は相容れない。名前は、水面に落とされた一滴の油なのだ。どんなに身なりを取り繕っても、この世界の人間にはなれない。絶対に分かり合えない。

***

「奇跡じゃ!!!」

ーー果たして、そんな名前の自己嫌悪タイムは、突如沸き起こったどよめきによって終わりを告げた。
あれこれと無益なことを考えすぎるあまり、勝手に自滅するタイプの名前だが、さぁこれから思う存分クヨクヨするぞ!という所で水を差され、思わず顔面からずっこける。
両手が塞がっているので、自力で起き上がるのに難航した。
その辺の忍者野郎、黙って見てないで助けたらどうなんだ……。

「な、何よこれぇ〜!?」

名前が何とか体勢を立て直すと、今度は山ぶ鬼嬢の悲鳴が追いかけてきた。この子、最近こんな目に遭ってばかりだな。

「……って、ほんとに何これ!?」

いつにも増してお約束なリアクションを取ってしまったが、やむなし。
手が不自由なことも忘れ、己の目を擦る。それから、二度見に次ぐ三度見……のみならず四度見、ダメ押しの五度見までして、名前はやっとの思いで現実を受け入れた。
ーーそれほどまでに、眼前の光景はひときわ異彩を放っていたので。

「あれは、ゾンビみたいになってた奴ら……」

名前がほんの一瞬目を離した隙に、会場は野良信者の一団で埋め尽くされていた。妙に見覚えのある風貌が多いのは、その大半が、作法委員が捕らえたゾンビ風の信者だったから。
だが、彼らも今は(比較的)正気を保っているようで、顔色も悪くない。

ーーそんな人間達が、数十人も忽然と現れたのだ。
それは紛れもなく“奇跡”に近い光景だったし、彼らが一斉に平伏す様は、いっそのこと人外めいていて、ある種の神々しさすら覚えた。
でもって、そのこうべが垂れる先に狼狽える山ぶ鬼嬢の姿を認めた時、名前はようやく、彼女の悲鳴の意味を悟ったのだ。

「これ一体どういう……モゴッ!?」

これぞ教主のサガであろうか。迷える信者達を見捨てることが出来ず、思わず舞台中央めがけて歩き出した名前は、しかし背後から口を塞がれ、再びズルズルと舞台袖に引きずり戻された。無念。

「な、何を!!」
「お静かに。申し訳ありませんが、天女様が出ていくと“彼ら”がまた興奮してしまうので。ちょっと暫く大人しくしててください」

これあげますから、と手渡されたのは、不気味なデザインの人形……。
どことなく忍者っぽいシルエットで、服装は地味な黒。顔は包帯に覆われ、お世辞にも愛嬌があるとは言い難い、絶妙にニヒルな表情を浮かべている。
何だろう、このどこかで見たような、まるで可愛げのないパペットは。

「気に入って頂けました?沢山作ったので、良かったら差し上げますよ、“組頭パペット”」
「組頭パペット?」

なんだその不審な響きは。

「名前の通り、あの方をモデルにしてるんです。タソガレドキ忍軍の組頭、雑渡昆奈門様」

ほら、と指差された場所に立つのは、もうあんまり関わり合いになりたくない大男……。そうか、この既視感はアイツだったのか。

「確かにそっくり」
「いや〜天女様にお褒め頂くと嬉しいですね」

はにかむような笑顔を返され、ここで初めて名前は相手を認識した。
認識と言っても、まぁまた忍者だな、という程度のものだが……相手は名前と目が合うと嬉しそうに笑い「椎良勘介と申します」と名乗った。

「天女様は五条と面識がおありでしょう?私はアイツと同じ部隊に所属しているんです。貴女の報告は常々受けていましたから、ずっとお会いしてみたかった!噂に違わぬ愉快な方ですね」
「絶対ろくでもない報告じゃないですか」
「あはは!」

否定せんのかい……。

「あ、ほら天女様、“本当の天女様”が決まったようですよ」

ふと、椎良勘介が舞台上を指さした。
その手には、いつの間にか新たな組頭パペットがはめられている。“沢山作った”という彼の言葉に偽りはなかったらしい。

しかし、名前はそれどころじゃなかった。
組頭パペットの短い腕が指し示す先ーーそこでは、目に見える“奇跡”をもたらした山ぶ鬼嬢が、次なる天女に任命されようとしていたのだ。

「ど、どうして……」
「どうして、とは?」

愕然とする名前に、椎良勘介は不思議そうな視線を送った。
彼はパペットの口を開閉させると、その動きに合わせてこう言う。

「“どうして”とは、天女様もおかしなことを仰りますね。五条から聞きましたよ。これは、貴女が望んだことなのでしょう?貴女はもう天女を辞したいと言った。貴女は裏方に回り、表向きの天女を他の娘に押し付けたいのだと。だから我々は、そのように動いたのです。全ては、貴女のためにしたことです」

名前は、目眩がした。
何も分かっていないのは、名前だけだったのか。

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