うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『the bittersweet taste T』




※前作を読んでいなくとも分かるかもしれませんが、念のため
『Sweetener』
『a natural sweetener』






件 名 愛しのトシにゃんへ
送信者 eliteelite@nobleness000.en.jp
本 文 佐々木です。
    トシにゃんが『cafeSAMURAI』を辞めていると知って、びっくりしたお。
    心配しています。メール下さい。
    追伸 日本に戻ってきました。
    一緒にお仕事できますように。


「げ」
『café&barじゃすたうぇい』のパティシエ、土方十四郎の携帯にそんなメールが届いたことが今回の騒動の発端であった。





「坂田…」
「ん?」

甘いはずのキス。
そうであるはずなのに、と土方十四郎は眉を顰めた。

営業時間が終わり、バイトの志村も帰った厨房をチェックしていれば、背後から土方の腰に絡んできた男の腕。
ここは職場だぞと軽く身じろぎすれど、お構いなしに業務時間はおしまいなんだからいい加減いいだろとうなじを吐息と唇でくすぐられる。
仕方ないなと、流された振りをして唇を土方の方から寄せれば、舌でちろちろと舐めあうようなキスが始まり、そのまま深さは増していく。

唾液の交換のような男とのその行為は土方がこの店に引き抜かれて以来続けられている習慣のようなもの。

男の名を坂田銀時という。
かぶき町で『café&barじゃすたうぇい』を経営している。
つまりは土方の雇用主だ。

だが、数か月前からそこには新しい意味が加わっていた。

甘い、魂の根幹を揺さぶるような蕩けるような痺れと熱。
唾液以上の体液を互いに吐きだし合い、つながり合う。
いわゆる、身体の関係を伴った「恋人」と世間で呼ばれるような関係に。

基本的に坂田の口内は甘い。
甘党もここまでいけばと呆れるような糖分好きであるから、体内全体に染みついているのだろうかと思いもすれど、それだけではもちろんないだろう。
それは味覚に関して絶対的な自信を持つ土方ですら分析することが難しい複雑なもの。
普段のゆるく、やる気のない気だるげな態度からは想像できないような、
男の内面を代弁するような複雑な味。

そして、それは時として男の体調や心の動きをも土方に伝えてくる。

「テメ…どうかしたのか?」

苦い。
ビターと通り越して、苦い。
カカオの配合を高め作られたチョコレートのような計算された苦さではない。
甘さもないことはない。
だが、土方の舌は苦さをより強くに感知した。

「どうもしねぇよ?」

間近でみる顔は普段と変わらないように見える。
情欲の色が浮かんでいることを除けば死んだ魚のような目もいつもどおり。

(どうもしねぇって味じゃねぇんだよ…)

土方は心の中で首を傾げ、追求すべきか少し迷った。

ずさんな経営に痺れを切らした土方がほぼ運営しているといっても過言ではない『じゃすたうぇい』であるから、仕事に関しての憂いごとではないことは把握している。
だとすれば、坂田の苦味の原因はプライベートに関すること。

互いに過去のことを話したことはあまりない。
土方とて、もし坂田に問われたならば別段隠すようことはないから大抵のことには答えるだろう。が、改めて尋ねる側となるなら踏み込み具合が難しい。

「それよりさ、上がろうぜ?」
坂田の視線が坂田の住居スペースがある上の階を示した。
土方は基本的に仕事を優先する。
比較的開店時間の遅い『じゃすたうぇい』ではあるが、パティシエの朝は早いから坂田の部屋に泊まるのは定休日前と決まっていた。
だが、今日はうなずけない。

「無理だ。明日は…」
「また、『古巣』で打ち合わせ?」
「あぁ」

古巣、とは土方が以前勤めていた『cafeSAMURAI』のことだ。
土方は『cafeSAMURAI』の経営者・松平片栗虎の賭けに踊らされる形で、この『じゃすたうぇい』に譲渡された。
通常の感覚で考えれば、個人の意思を全く無視した雇用解雇および職の斡旋に労基署なりにクレームの一つ入れてもいいところであろうが、不思議と土方は最初からそんな気持ちはなかった。
勿論、憤りはあった。
だが、松平と賭けをしたのは、このあたりでは有名な女帝寺田綾乃その人だ。
彼女が推し、独立するという新オーナーにも、企画にも強く興味を引かれ、従ったのである。

だからなのか、無理やりの引き抜きであったにもかかわらず、『cafeSAMURAI』と『じゃすたうぇい』との間に衝突はないに等しい。
これまでも『cafeSAMURAI』の副店長をしていた土方はその経営に深く携わっていたこともあり、引き継ぎの為に『じゃすたうぇい』のオープン後も時折『cafeSAMURAI』に手伝いに行かせてもらっていた。
特にその点を今まで坂田が渋ることもなかったのだが、今回は多少勝手が違っていた。

「あのメール野郎来んの?」
「不本意ながら」

突然、何処で知り得たのか土方の携帯に届いた一通のメール。
送信者の名を佐々木異三郎という。
佐々木は『cafeSAMURAI』の人間ではない。
『nobleness』という老舗のティールームの経営に関係する男だった。
その『nobleness』と『cafeSAMURAI』とのコラボ商品を作るという企画を土方は松平に命じられて在籍中に動いていた。
『nobleness』は格式を重んじるタイプの店であり、知名度も高いが一般人の普段使いには向かない、そんな所謂「敷居」の高い店である。
そのネームバリューを借りて、裸一貫で立ち上げたに近い『cafeSAMURAI』の商品に付加価値をつける。
『nobleness』は『nobleness』で、敷居の高さで犬猿されていた客層にも名前を売ろうという点で利害は一致していた。

「あんま言いたかねぇけどさ…」
「わかってる。俺だってあんなエリートとそうそう顔突き合わせて、嫌味言われながら仕事したくねぇよ」

企画は土方と『nobleness』の前任者とでほぼ完成させていたのだ。
バレンタインデーに合わせて取り組まれたチョコレート菓子と紅茶のセット。
パッケージデザインも、茶葉を仕入れる茶園も選定も、ネット販売にも耐えうる新作菓子のラインナップ。

それが、最終段階に来て『nobleness』側の担当が変わった。

新担当・佐々木と土方はフランスでの修行時代、何度か絡んだことがある。
眠たそうな目をして、いまどきどうなのだと突っ込みたくなるモノクルをかけている。
家柄の良さを隠そうともせず、二言目には「エリートですから」とのたまう佐々木は、極度のメール依存症で一度アドレスを知られると本人のテンションとはかけ離れた内容のメールをひっきりなしに送り付けてきていたのだ。
あまりのしつこさに携帯のアドレスを変え、キャリアを変え、
ようやく国内に戻ってきて静かになったという経緯もあり、土方も出来るならば関わりたくない人間だった。

だが、企画の内容に問題があると言われたならば仕事だ。
黙っているわけにも、はいそうですかと一方的に『cafeSAMURAI』の不利になりそうな主張で丸め込まれるわけにもいかない。
そんなこんなで、この数週間、閉店後も定休日も『cafeSAMURAI』に土方は入り浸って対応に追われていたのだ。

「だったら」
「それでも仕方ねぇだろ。元々『cafeSAMURAI』で企画立ててたのは俺だし、
 アイツの好き勝手されるのはゆるせねぇ。
 テメーも空いてる時間なら手伝ってもいいって了承したんだろうが。
 バレンタインまでの企画だ。明日で流石に終わる。さっさとケリつけてくらぁ」
「オメーの腕だとか、力量疑ってるわけじゃねぇんだけど…」

自分の店を作る前は、フードコーディネーターのような仕事をしていたのであるし、
土方の今の状況は分っているはずであるのにと、煮え切らない男に土方は徐々に腹が立ってくる。
普段は坂田は口から生まれてきたような男であるから尚更に。

「じゃあなんだよ?」
「なんでもねぇ」

必要以上に攻撃的な問いになったことに自覚はある。
だが、それでも坂田はそれ以上その話を続けるつもりないらしく言葉を今度こそ切った。

「打ち合わせ時間は何時?」
「11時…?」

全く、平然といつも通りの口調で問うてくるものであるから、土方もつられる様に数字を述べてしまっていた。

「じゃあ、いつもより遅いんだから泊まっていけ」
「けど、資料もう一回頭に詰め込んで…」
「泊まっていけ」

捕まれた腕の痛みに顔をしかめる。
坂田が何を気にしているのか土方には判らない。
だが、普段緩い顔をしている分、坂田の目が獰猛な光を帯びた時だけは危険であると、
それと同時にどうしようもなく魅入られて抵抗という言葉をはるかかなたに追いやってしまう自分を土方は知っていた。

「…わかった…けど無理はさせんな。8時には一度マンションに帰るからな」
「了解了解」

軽すぎる返事は明らかに土方の言い分を聞き流している。

(なんだっていうんだ…)

坂田の機嫌の悪さがキスが苦かったことにつながっているのはわかっても、一向に何に「苛立って」いるのかわからないまま、プライベートスペースへと続く階段室へと手を引かれたのだ。





『the bittersweet taste T』 了 



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