うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

『a natural sweetener T 』




Sweetener : 甘味料 ⇒ 前作はこちら



「うまくやってるみたいだね」
夜の街、かぶき町の一角。
隠れ家のようにひっそりとたたずむ一軒のスナックで壮年の女将が煙草を吹かしながら、カウンター席に座った男に声をかける。

「おかげさまでね」
男はグラスに注がれた酒をちびりちびりと口に運びながら、やる気のない声で応えを返した。

「なんだい。何か不満でもあんのかい?」
女将は名をお登勢もしくは寺田綾乃という。
かぶき町で彼女の名を知らぬ者はいない。
今でこそ直接その敏腕を振るうことはないが、この町の顔役として多くの店を、人間を、拾い上げては、手を貸す女傑である。

「んなこたぁねぇよ。店もお陰さまで繁盛してますし?」

答えた坂田銀時自身もその一人だ。
彼女に縁あって拾われ、見よう見まねで飲食店の企画や設計を手伝っているうちにそれなりの成果を上げるようになってきた。
プロデュースするなんて言えば聞こえもいいのだろうか。

ここ数年、もう一人前なんだから、そろそろ独り立ちしろと、
自分の店を出せと口を酸っぱく言われ続けていたが、
何だかんだと口実を作り逃げ回っていたのだ。

「そりゃ、そうだろう。あれだけ独立したがらなかったアンタがねぇ。
 たった一つ出した条件というか、おねだりだからね」
「ハイハイ。ババァには感謝してますって」
散らばった髪をかき混ぜながら、また、おざなりに返事を返す。


そうなのだ。
恩を返し切れていないと生返事をしつづけてきた銀時は見つけてしまった。


専門誌でも、経済誌でも話題によく取り上げられる「CafeSamurai」。
小売りのケーキから、ウェディング用の引き出物、ネット販売受注まで手広く請け負う洋菓子店。
いつも差し入れでもらうことはあっても、店自体に行ったことはなかったのだが、その日はほんの気まぐれでイートインで立ち寄ってみたのだ。

そして、目を奪われる。
カフェスペースから垣間見えたコックコートの男に。
涼やかな容姿。
常に寄せられた眉間の皺。
白の衣装に鮮やかに映える黒い髪と引き込まれそうな青灰色の瞳。

目を奪われ、彼がサーブしたらしいアフタヌーンセットの繊細さに息を呑む。

「あれ?」
しかし、味に首を傾げた。

不味いというわけではない。
普通にうまいと思う。
糖分好きとして、飲食店の経営をかじるモノとして、他の店と比べて遜色など無い味だと保証もできる。
だが、目の前の彼に似合っていないと思った。

まるで、人工甘味料のような…
その味は、彼が本来引き出そうとした甘さなのだろうか。

違和感を感じながら、今度はスコテッシュスモークサーモンのサンドイッチに手を延ばす。
こちらは何の問題もなかった。
少しだけ入れられたマヨネーズに拘りでもあるのか、自家製のようだ。

「あ?」
拘り。
その言葉がすとんと銀時の中に落ちてくる。

彼の料理には『執着』とか『熱意』のような作り手の『拘り』が見受けられない。
逆に同じ品質のモノを、安定して提供することへ無理やり何かを捻じ曲げているかのような。

(作りたいもの…作ってねぇのかな?)

そのことが、妙に惜しく感じられた。
きっと、あの瞳が強気に、挑戦的に青い炎をあげる様は綺麗なのだろう。

スコーンにこれでもかとクロテッドクリームとジャムをのせて頬張り、
衝動とも思える決意をこの時してしまったのだった。





一度決めると銀時の動きは素早い。
お登勢に「独立する条件」だと、黒いパティシエを引き抜けないかと相談し、
もともと目星をつけていた古いバースペース付きの小さなビルを手に入れた。



そうして、初めて言葉を交わしたあの日。

落ち着いたウッド調の店内は、照明を最小限にしかつけていなかった。
呼び出された彼は、店内を軽く視察し、やはり気になるのか厨房へと向かっていく。

「折角だから、それサーブしてくんない?」

突然掛けられた言葉にびくりと肩を強張らせていたくせに、
振り返った時には、その片鱗も見せない強気な態度で向かってくる。


彼はケーキをサーブするだけでなく、冷蔵庫に入っていたモノを使って軽食を作ってきた。

厚切りのトーストをマダムクロックにして、厚切りベーコンとクレソンを添えてきた。
コールスローはベースに昆布茶を使ってあっさり目のものに。
紅茶は無難にキャンディ。

デザートは、茶系の和食器にチョコレートベースのものをのせて、シンプルにバニラアイスとイチゴだけで飾ってある。

シンプルだが、店の雰囲気とはあう。
なるほど、これがパティシエながら経営にも一躍買っていたという部分かと思った。

黙々と食しながら、男を観察する。


銀時は迷っていた。

どう伝えるべきなのかと。
『この店』にしかない、
『この店』相応しい味を作り出させるべきなのか。
そのために、彼をどう奮い立たせ、彼自身を引き出していくべきなのかと。

相変わらず、料理は完璧だ。


「口に合わなかったか?」
「いや…」
銀時が何も語らないことに痺れを切らしたのか、土方の方から声をかけてきた。


「『商品』としては完璧なんだろうけどね…」
店に出す以上、日によって味が変わってはならない。
多少、その季節、気候に応じた変化はつけるべきだろうが、ムラは無いに越したことはない。

「不合格ってことか?」
惑いながらも、その瞳から力は失われない。
ぞくりと銀時の中の何かが蠢き、
何故、自分が『土方十四郎』という男を欲しくなったのかわかってしまった。

「いや、そういうことじゃなくてよ」
ぐしゃぐしゃと自分の髪をかき混ぜながら、我ながら…と笑う。

「こうさぁ。ケーキとかさ、もうちょっと甘ぇ感じで…」
彼のケーキから香ってこなかった甘さ。

「あぁ、もっと糖分強調した方がいいのか?」
「いやいや、その『砂糖』の甘さじゃなくてよ」
人工甘味料でない、彼自身の持つ甘さを味わってみたいのだと。

向かい合うようにバーカウンターの内側に立つ男を手招きして、呼び寄せる。


そして、土方の両頬を掴んで口づけた。

無防備に開かれた口内へと舌を侵入させ、隈なく探る。

「え…ちょ…」
声も飲み込んでしまう。
歯朶をなぞり、土方の舌を探るように捉え、絡め、歯を立てる。

甘いじゃないか。
調味料の甘さでもなく、果物の酸味かかったった糖分の甘さでもない。
でも、甘いと土方から感じるのだ。

「…ん…」
零れ落ちる甘い声に、じわりと身体の芯が震えた気がした。

(ゲイでもバイでもないつもりだったんだけどなぁ)

何かを伝えたくて、でも言葉にするよりは、原始的な方法の方がストレートに伝わる気がして、口の端から零れ落ちるほどの唾液が注ぎ込み、嚥下された音に熱を煽られた気がした。


「な?こんな甘さがオメーには足りねぇよ」
少しだけ、離した唇から、みっともなくかすれた声になってしまった。


「これを…出せってか?」
無茶な注文をしてくれるもんだと、睨みつけられる。
二人の唇は今だ銀糸でつながれたままだ。

「できんだろ?」
銀時の熱が、土方に伝播すればいい。
それが、仕事でも、二人の間にも適度なスパイスと甘さをもたらしてくれるなら。

含みを持たせて笑って見せる。

「上等だ」
やってやろうじゃねぇかと強気に笑い返し、
銀糸を乱暴に手繰り寄せて今度は土方から噛みつくような口づけを仕掛けられて。


思いのほか、早く落ちてきた甘い回答に眩暈を覚えながら、
カフェバー『じゃすたうぇい』は開店に向けて走り出したのだ。




そうして、オープンから早3か月。
怒涛のような日々が過ぎ、遅くなっていたお登勢のもとにふらりと挨拶に来たのだが。


「まぁ…」
コップに酒を足しながらお登勢がまた紫煙を吹き出す。

「アンタが悩んでることなんて、どうせちっぽけな事なんだろうけどね」
「うっせ」
言われなくてもわかってらと一気に飲み干し、席を立つ。

「帰んのかい?」
「また、ぶっ倒れてないか覗きにきてやらぁ」
「余計なお世話だ!年寄り扱いするでないよ!」

軽口をたたいて、店の暖簾を潜り、店舗兼住宅へと足を向ける。


「俺だってな、初めてなことだらけで戸惑ってんだよ。ババア」
そう呟きながら。






『a natural sweetener T 』 了




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